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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ECDによる「イルコモンズの回顧と展望」
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▼イルコモンズ「いるべき場所のための広告」(2003-2008年)

「(二〇〇三年)三月十九日、イラク開戦の前日。仕事を終えた僕は開戦に抗議するひとびとが集まっているというアメリカ大使館に向った。しかし、アメリカ大使館周辺の大通りから大使館に向う道の入口はすべて機動隊によって封鎖されていて近づくことはできなかった。大通りからの舗道では右翼が星条旗を掲げて立っていた。その余りのバカバカしさと、普段自由に通行できるはずの通りが封鎖されていることへの怒りによって僕の中でカチリとスイッチが入る音がした。今回ばかりは傍観していられない。デモでも何でも参加してやる、そう心に決めたのだった。

サウンドデモのことは三田さんから誘われて初めて知った。五月のサウンドデモには仕事の都合で参加することができなかったのだが、サウンドデモを主催するASC(Against Street Controlの略)のひとたちとはデモとは別件で顔を合わせることになる。ASCのひとたちは並行して西荻窪の公園のトイレの外壁に「反戦」と落書きして逮捕された青年の支援活動んも行っていた。その頃僕が制作を進めていた新しいアルバムのジャケットをそのトイレの写真にしようと石黒が提案したのだ。僕はその提案を受け入れ、石黒の紹介で支援の中心になっていた矢部史郎さんに会うことになった。矢部さんの名前は僕も著書『無産階級真髄』を通じて知っていた。会ったのはその日、デモを終えたひとびとが集まった新宿の居酒屋だった。そこにいたひとびとの雰囲気に僕は不思議な懐かしさを感じた。矢部さんも『映画評論』の平沢剛さんも黒づくめの格好をしていた。それが吉祥寺マイナーにいたひとびとを思い出させたのだと思う。それからいくつかのデモにサックスを持って小田マサノリさんのT.C.D.C.の一員として参加し、七月のサウンドデモのためのASCの会議にも参加するようになった。太鼓や一斗缶を乱打しながら「殺ーすーなー」と連呼するT.C.D.C.はデモの異物だった

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▼T.C.D.C.
会議中、とても実現できそうにない突飛なアイデアを連発する石黒に運動慣れした活動家のひとたちがあきれながらも実現に向けて真剣に討議するそのやりとりはとても有意義なことに思え、会議がある日は仕事が終わるのが待ち遠しかった。はじめてのサウンドデモで僕はこれでもかというくらい踊りまくった。この日ばかりはサックスも邪魔だった。スピーカーを積んだトラックのすぐうしろの一団は両側を取り囲んだ機動隊のジェラルミンの盾に体をぶつけながらモッシュした。ダムドの「ニート!ニート!ニート!」がかかっていた。歩道から一般人がデモの隊列に加わるのを防ぐために機動隊はデモの先回りをして、ガードレールの切れ目に並んだ。そのために炎天下いかにも重そうな完全装備をガチャガチャ鳴らしながら駆け足で先を急ぐ機動隊の姿は気の毒なほど諧謔だった。デモの先頭がファイアー通りから坂をあがって渋谷公会堂の公園通りに出ようとする手前でのことだった。突然、僕の少し前の一団が将棋倒しのようにこちらになぎ倒された、同時に倒れたひとたちを踏みつけるように機動隊が向かってきた。「何するんだ!」「人殺し!」 叫びながら僕は夢中で倒れたひとの手を引っ張って立ち上がるのを助けた。「誰か逮捕されたぞ!」 情報を確かめるために走り回る活動家のメンバー、デモ隊は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。やがてそれも落ち着き、一旦停止していた先頭のトラックは再び動き始めた。「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ!」 誰かが叫んだその声はその場面にもっともふさわしい言葉だった。僕の耳にこびりつき頭の中で繰り返し鳴り響いた。

デモ終了後、不当逮捕に抗議するため、十数人で太鼓を鳴らしながら渋谷署に向かった。渋谷署の前の歩道に座り込みシュプレヒコールをあげる。次の日、逮捕者救援のための会議で矢部さんが言った。「石田さん、曲でも作ってくださいよ」「えー、できるなかー」突然のことにその場は答えをにごしてしまったけれど、家に帰るとすぐに歌詞を書き始めた。サビはすぐに決まった。逮捕の混乱のなかで聞いた「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」という声は忘れようもなかった。そうやって作られた新曲「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」はすぐにASCのウェブサイトにアップされた。

十月五日のサウンドデモでは、午前中から夕方のデモ出発までの時間、宮下公園でライブやDJ、ティーチインなどが繰り広げられた。出演したバンド、DJの中には、ストラグル・フォー・プライド、アブラハム・クロス、イルリメ、二階堂和美、ランキン・タクシー、クボタタケシというように自分の知り合いも多かった。デモに対してはこれでもかという人数で警備にあたる警察が、どういうわけか昼間の公園のイベントには介入しようとしなかった。この日のために用意した「言うこと~」のCD-R 200枚はデモ出発前には売り切れていた。

十一月には椹木野衣さんの「殺すな!」のメンバーを中心にジョン・ゾーンが発案した即興演奏のメソッド「コブラ」を実演するという企画があり、小田さんや石黒、キキちゃんたちと一緒に僕も参加した。指揮者的役割であるプロンプターは巻上公一さんだった。まともに音の出せない僕のサックスに巻上さんは厳しかった。「サックスはあきらめて他の楽器に変えたら」と真顔で言われた。僕はそれ以来、近所の練習スタジオで毎日一時間サックスの練習をするようになった。

(二〇〇七年)四月の統一地方選で区議に立候補する松本哉氏が選挙運動の名を借りて高円寺駅前をお祭り騒ぎにするという。その企てに僕にラッパーとして出演してほしいという依頼があった。しかし、出演を依頼された四月十五日はあいにく仕事の休みがとれなかった。出演を約束することはできなかったが、その後、石原慎太郎が都知事選でまさかの再選を果たしたこともあって、気分がザワつきはじめていた。四月十五日当日、仕事は予定よりも早く終わった。真っ直ぐ高円寺んじ向かえば飛び入りで参加できる時間だった。レコード袋の中にはそうなることを見越してマイクも用意してあった。僕の胸は高鳴った。四年前、サウンドデモに出かける時と同じ胸の高鳴りだ。この種の行動は最悪の場合逮捕される可能性もある。逮捕されれば仕事はクビ、路頭に迷うことになる。通常のライブでも本番前にはそれなりに緊張するけれど、ライブでどんなに失敗をしたってそんな波乱は起こらない。自分が翌日どうなっているかわからない、そんな事態に立ち向かう前の胸の高鳴り、それを久しぶりに聞いたのだった。

高円寺駅の改札を出ると南側の出入口のすぐ前にサウンドカーが横付けされ、DJフィラスティンのプレイで数十人のひとびとが踊っていた。僕を見つけた今回の選挙活動の参謀でもある二木信君が「やりますか」と声をかけてきた。僕はうなずいて袋から取り出したマイクのジャックをミキサーに差し込んだ。サウンドカーの前には小田さん他数人が太鼓をたたいていた。T.C.D.C.だ。僕はフィラスティンに声をかけ、おもむろにラップをはじめた。15分ほどラップして一旦終了し、サウンドカーは北口へ移動した。陽が落ちて暗くなった北口駅前の群集は100人を越えていた。しばらくして、司会らしきひとのリクエストで僕はアカペラで「言うこと~」をやることになった。最近のライブではレパートリーから外れていた「言うこと~」は歌詞がうろ覚えで誤魔化し誤魔化しのラップだったが、ひとびとのレスポンスがそれを補って余りあるものだった。コール&レスポンスがあんなに自然発生的に盛り上がったのは自分のライブでははじめてのことだった。(ECD『いるべき場所』(メディア総合研究所)より抜粋)

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by illcommonz | 2008-01-15 17:03
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