「私はプーっていうのは、ほんとうにほかの誰にもつくりえなかった人物だろうと思うんですよ。
私はプーの物語をはじめて読んだ時、26歳くらいでしたけれど、そういう理屈は何も
考えないで、そこに書かれてる世界のなかへ、そのまま入ってしまったんですね。
もう言葉では説明しようがないいんですけど。私はそこへ入っていっちゃったんです。
それから二、三年は、ほかの仕事をしていても、こんなときプーならどうするだろうなって、
無意識に思ったりしたくらいで(笑)。ほんとに最初は、プーの森の世界があるだけ
だったんです。」(石井桃子「はじめに魔法の森ありき」より)

そのころ、プーの森では、コブタとプーが、夕方の金色にかがやく光のなかを、
かんがえにふけりながら、いっしょに家のほうにむかって歩いていました。
ふたりは、ながいこと、なんにもいいませんでしたが、とうとう、コブタがききました。
「プー、きみ、朝おきたときに、まず第一に、どんなこと、かんがえる?」
「けさのごはん、なににしよ?ってことだな」と、プーがいいました。
「コブタ、きみは、どんなこと?」
「ぼくはね、きょうはどんなすばらしいことがあるかな、ってことだよ。」
プーはかんがえぶかげにうなずきました。
「つまり、おんなじことだね」と、プーはいいました。
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「児童文学者の石井桃子さん死去101歳」
「ノンちゃん雲に乗る」などの創作や「クマのプーさん」など数多くの翻訳で知られる児童文学者で、07年度の朝日賞を受けた石井桃子(いしい・ももこ)さんが、2日午後死去した。101歳だった。埼玉県生まれ。日本女子大英文科卒。文芸春秋に勤めた後、新潮社に移り、「日本少国民文庫」編集に携わった。33年、家族ぐるみで交際のあった犬養毅・元首相宅で、英国児童文学の名作、A・A・ミルンの「クマのプーさん」の原著と出合い、40年に岩波書店から翻訳出版した。戦争中から構想を立てていた「ノンちゃん雲に乗る」を敗戦後の47年に出版し、ベストセラーに。また、自宅の一部を開放して、子ども図書館「かつら文庫」を開設。多くの子どもたちに親しまれた。その活動記録「子どもの図書館」(65年)は、子ども文庫の普及に大きな影響を与えた。(朝日新聞 2008年4月3日)
さて、こんなときプーならどうするだろう。いや、どんなときもプーはプーのままだろう。
きっとプーなら、「いやんなっちゃう、ところで、あしたのあさごはんは、なににしよ?」と、
そうかんがえるのだろう。プーのいいところは、そういうところだ。愛さずにいられないような、
諧謔で、とぼけてて、ちょっと頭が足りないって自分で思っているような、そんなプーの
本を訳してくださって、ありがとうございました。