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[単元] 「消費社会の文化について」
[副読本]
▼岡崎京子「PINK」「ヘルタースケルター」
▼村上春樹「遠い太鼓」
▼小沢健二「うさぎ」
[画像]
▼バーバラ・クルーガー
「無題:我、買うゆえに我あり」(1987年)
▼メデルコビッチ
「資本主義のピラミッド」(1867年/1911年)
▼「フランスの社会学者アンリ・ルフェーブルは、「消費活動が中央集権的に調整される社会」という概念を提唱した。ぼくらの時代は、まさにそんな世界になってしまっている。「文化」は「消費文化」となり、ぼくら自身も「市民」というより、「消費者」となってしまった。なにかがおかしいと言わざるを得ない。」 (カレ・ラースン)
▼「今まさに我々は、未開社会のなかで生きている。コカコーラやGMといったトーテム、呪術的な言葉、儀式、タブーといったものにかこまれて生きている。形態はなにひとつ変わってはいないのだ。」(ジャン=リュック・ゴダール)
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▼「一九八九年の秋に僕の海外生活は終わりを告げた。日本を離れたのが一九八六年の秋だったから、ちょうど三年間、ヨーロッパをうろうろしていたことになる。(...)たしかに、この三年間でずいぶんいろんなことが変わってしまったように思う。でも、それについてあれこれ結論じみたものを書くのはまだ時期尚早であるだろうと思う。ただひとつ僕にはっきり言えることは、この三年のあいだに日本の社会における消費のスピードが信じられないくらいドラスティックに加速されたということだ。久し振りに日本に戻ってきてまず最初に感じたのがそれだった。僕はその凄まじい加速度を目にして本当に、何の誇張もなくただ唖然としてしまったのだ。思わず立ちすくんでしまったのだ。それは僕に巨大な収奪機械を想起させた。生命あるもの・ないもの、名前を持つもの・持たぬもの、かたちのあるもの・ないもの、そういうすべての物事や事象を、かたはしから飲み込み、無差別に咀嚼し、排泄物として吐き出してゆく巨大な吸収装置だ。それを支えているのは、ビッグブラザーとしてのマスメディアだ。まわりを見回して目につくものは、咀嚼され終えたものの悲惨な残骸であり、今まさに咀嚼されようとするものの嬌声であった。そう、それが僕の国なのだ。好むと好まざるとにかかわらず。」(村上春樹)
[YouTube 動画]
▼Barbara Kruger (バーバラ・クルーガー作品集)
http://www.youtube.com/watch?v=HpjGISvBSpM
▼John Carpenter "THEY LIVE"(J・カーペンター監督「ゼイリヴ」)
http://www.youtube.com/watch?v=ogywo6qjeBo
▼You are what you buy.(丸井EPOSカードCM)
http://www.youtube.com/watch?v=-lBKDyHmigs
http://www.youtube.com/watch?v=DpJ0p_AWp8Q
▼Adbusters - "Logorrhea"(アドバスターズPV)
http://www.youtube.com/watch?v=DT5NzckR0tM
▼Super Size Me(映画「スーパーサイズ・ミー」予告編)
http://www.youtube.com/watch?v=V168xofxgu0
▼McLibel (映画「マック・ライベル」(日本未公開)予告編)
http://www.youtube.com/watch?v=LyGK5j_EcmE
▼Fast Food Nation (映画「ファーストフード・ネーション」(近日公開予定)予告編)
http://www.youtube.com/watch?v=zc_z623Wsro