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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼高円寺パトロール隊さんへ
▼高円寺パトロール隊さんへ _d0017381_1171898.jpg高円寺パトロール隊さんへ

こんにちは、はじめまして、
イルコモンズです。

ちょっと遅れましたが、
いただいたコメント
お返事します。


まずはじめに、いきなり刺されたり危害を加えられるのは、こまります。
真面目にこまります。そう思ったので、こうやって真面目に返事を書きました。

まずは、昨日のデモで、人を刺したり危害を加えるに値するような、一体どのような迷惑をおかけしてしまったのかについて、もっと具体的に教えてもらえないでしょうか。あるいは、それはすでにコメントに書かれているように、昨晩のデモが「思想も目的も無いデモ」で「うるさい」ものだと感じられたからでしょうか。だとしたら、それについては意見がありますので、それをまず先にこちらからお伝えします。

たしかに、昨晩の高円寺のデモには、すぐにそれと判るような、ひとつの思想やひとつの目的はなかったと思います。かわりに、たくさんの思想とたくさんの目的が寄り集まってるように見えました。たとえば、派遣労働者のクビ切りに抗議するために来ていた人たちもいれば、過剰な消費に明け暮れるいまの社会のあり方に疑問を投げかけるために来た人たちもいました。また、NYの学生たちの大学占拠に賛同の意を示すために来ていた人たちもいました。さらには、特定の「思想」や「目的」を持たずに手ぶらでやって来た人たちも大勢いました。そんなふうに、はっきりした「思想」や「目的」は持ってなくても、いまの世のなかに対して、疑問や違和感を持ってる人たちが大勢います。閉塞感や疎外感を持っている人たちが大勢います。その感覚は「思想」なんかよりもずっとリアルで、生ナマしいものです。そうした「思想未満」の感覚を、デモというかたちで社会にむけて共に表現し、たとえわずかな時間でも、日ごろの息苦しさ(=生き苦しさ)から解放されて、「のびのびしたい」と考えるのは「人間の生の欲求(にんげんのせいのよっきゅう)」として切実なものです。仮にそれが「真面目」で「まとも」なものにみえなかったとしても、あの「バカ騒ぎ」を求める「情動(じょうどう)」は真剣なものです。どうかそこをわかっていただけたらと思います。

僕は、昨晩のデモはそうした「人間の生の欲求」や「情動」を「思想も目的も無い」というふうに排除したり抑圧せず、互いに受けとめ、肯定し、分かち合うものだったと思っています。もちろんデモが通過してゆく数分間のあいだ、街路に面した商店街や集合住宅地の方がたに及ぼす大音量の音楽が「迷惑」となり得ることは十分承知しています。デモは個々人の自発的な意思による直接行動なので、デモ全体を代表して何かを云うことはできませんが、DJのひとりとしてならお詫びを述べる用意はあります。昨晩、高円寺パトロール隊さんには、ことのほか、ご迷惑をおかけしたようですので、デモの最後にかけた3曲分よりもずっと長い時間をかけて書いたこの文章で、お詫びします。そのうえで「迷惑」ということについて、少し意見があります。

▼高円寺パトロール隊さんへ _d0017381_1173451.jpg昨晩のようなサウンドデモでは、見ず知らずの人たち同士が互いに足を踏んづけあったり、頭や体をぶつけ合ったりして、そういう意味では迷惑のかけ通しです。でも、デモの中ではよほどのことがない限り、それに怒ったりはせず、自分の体でそれをじかに受けとめ、そうやって互いにかけ合う迷惑を認め、許し合うことで成立しています。ふだん僕らは「他人や人様に迷惑をかけないように」とそう教えられていますが、人間が生きてゆく限り、どこかで必ず誰かに迷惑をかけてしまうものです。電車に乗って座席に座れば、席のない人たちにとっては迷惑な存在になります。レジにならべば、後ろにならぶ人たちにとって迷惑な存在になります。そんなふうに人間はただそこにいるだけで他人の「迷惑」になりかねません。でも、それを「迷惑」と考え、それを恨んだり排除してしまっては人間の集団としての社会は成り立ちません。根本的なところで、社会というのは人間が互いにかけあってしまう迷惑を許容し合うことで成立する集団だと思います。もし本当に誰にも迷惑をかけず、また誰からも迷惑をかけられずに生きたければ、無人島や山奥で独りきりで暮らすしかないでしょう。もちろん人が人にかける迷惑のなかには、明らかな悪意によるものや犯罪的なもの、そして人として許すことのできない迷惑があり、それを肯定することはできませんし、また肯定する必要もありませんが、迷惑のなかには、ちいさな迷惑、ゆるすことのできる迷惑、どうにか我慢できる限定された迷惑もあり、迷惑をかけることをあまり怖れてしまうと、本当に生き苦しくなります。

▼高円寺パトロール隊さんへ _d0017381_1802049.jpgたしかに、人が人にかける迷惑は、文字通り、迷惑なものですが、それは社会の「こまった共有物」として受けとめ、ありがたくない贈り物として互いに交換しあわなければならないと僕はそう思っていますし、デモはそういう迷惑のひとつだと思っています。デモが掲げる思想や目的、その主張や意味を共有しない人たちにとっては、それは、ただうるさくて、騒がしく、交通や通行の邪魔になる、目障りなものかもしれませんが、でも、たとえそれに賛同しなくても、同じ時代の同じ社会に生きていて、やむにやまれぬ感覚や情動を持った人たちが発する声や訴えとして、それを受けとめる寛容さは大切だと思います。ヘンリー・ソローはこう書いています。

 「足なみのそろわぬ人をとがめてはならない。その人は、
 あなたのきいているのとは別のもっと見事な太鼓に
 足なみをあわせているかもしれないのだ。」

サウンドデモが「もっと見事な太鼓」だとはいいませんが、いまの社会のなかで何かを感じてる人たちが打ち鳴らす別の太鼓であることは確かです。もともとデモクラシー(=民主主義)というのは「社会や政治のことに口出しをするような身分ではない」と考えられていた「デモス」たちのあげる声や叫びに耳をかたむけ、その声に承認に与えるシステムだといわれています。なので僕は、民主主義とは本来的に「面倒くさくて、うるさくて、そして、やかましいもの」だと思っています。そして、サウンドデモはそうした現代のデモスたちのデモだと思っています。

(参考)▼「アーキデモクラシーズ」(「イルコモンズのふた」08年3月28日)
http://illcomm.exblog.jp/7582112/

昨晩のサウンドデモでは、デモの外にいた高円寺の近隣の人たちに対して一方的に迷惑をおしつける格好になってしまっていたかもしれませんので、その点はDJのひとりとしてお詫びします。でも、そのサウンドデモの中では、互いに頭や体をぶつけあい、足を踏んづけあいながら、人が人にかけてしまう迷惑を互いに許し合い、交換しあうということが起きていたことを、ぜひ知っていただきたいのです。

▼高円寺パトロール隊さんへ _d0017381_1203192.jpgもちろん、これは昨晩のデモを代表するものではなく、あくまで参加者のひとりとしての意見です。たぶん次は、来年のメーデーに何かやることになるかと思いますが、そのときはサウンドデモのDJではなく、それとは別のことをやろうと思っています。そのとき、もしかすると、また御迷惑をおかけするかもしれませんが、次回はいまここに書いたようなことが、もう少し伝わるような工夫をしますので、どうかおゆるしください。

最後に、僕はクリスチャンではありませんが、本来、クリスマスというのは、バーゲンやパーティーの日ではなく、「隣人を愛す日」だと、そう思っています。ということで、高円寺パトロール隊さんに、メリークリスマス。
by illcommonz | 2008-12-25 18:16
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