
▼園子温監督「自殺サークル」より
「転校生」の上演後のパーティーで飴屋さんに、エンディングの「せーの、どん!」と園子温の映画との関係について聞いてみた。するとやはり「せーの、どん!」はあのシーンの反転図らしい。生まれた日付と姓名をバックに「せーの、どん!せーの、どん!せーの、どん!」と何度もくりかえされるそれは「生」の肯定なのだろうと思った観ていたが、やはりそのようだった。とりわけ全員で手をつないで声をそろえて行うそれは、劇中での一回きりの単独で無言の「どん!」と対比すると、その意味がはっきりする。生身の人間の肉体が発することのできる最大の音は、自分の全体重(=全存在)をかけた、あの音かもしれない。ただ、劇場の壁の吸音性がよすぎて、音の反響が少ないのがやや残念だったが、それでもその音は客席までよく響いていた。おもしろかったのは、ステージライトの巨大な昇降機がカーテンがわりに使われていたことで、その視覚的効果もさることながら、昇降機の音がすばらしくよかった。巨大な機械じかけのそれには、何かの刑の執行を連想させる冷酷で残酷な響きがあり、グランギニュル的あるいはテクノクラート的な演出だと思った。それに対して劇の本編の方は、「動物堂」的だと思った。「記号」や「イメージ」としての女子高校生ではなく、21匹の「いきものたち」の「動物堂クラスルーム」のようだった。主役や脇役という区別がなく、「転校生」がストーリーをひっぱってゆくということがないのもよかった。とにかく、どこをとっても実験的な作品。