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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ぼくは、もう、投票しない (投票の詩)
d0017381_3111950.jpgまた選挙がやってくるが、ぼくは、もう、どれかの政党の、
だれかに投票することはしない。投票する、ということは、
ぼくのもっている、ごくわずかの権利のうちの一つである。
だから、だれかに投票はしないが、棄権するつもりはない。
投票日になったら、その日が晴れていても、どしゃぶりで
あっても、ぼくは投票所へ出かけてゆく。投票所にいって、
投票用紙をもらうと […] 候補者の名前を書くワクの中に、
まず斜めの線をぐいと一本引く。つぎに、それと交わるよ
うに、もう一本斜めの線を引く。× つまりバッテンをつける。
なんだ、つまらない。いい年をして、まるでこどもみたいな
ことをする。それがいったいなんの役に立つのか、ただ
無効投票を一票ふやすだけ、それだけのことではないか、
ともおもう。しかし、ぼくがやろうとしているのは、投票ストライキである。ぼくには、投票を
ストライキする権利、スト権があるはずである。ストライキをしたという気持ちをはっきり
あらわすために、大きく堂々と×を書いてくるのである。[…] このストライキは、ぼくひとり
でやるストライキである。そんなことしても、なんの効果があるものか、じぶんだけの、
したり顔のおもい上りにすぎない、といわれても、ぼくは、じぶんひとりでやる。

花森安治(1911-1978) 「ぼくは、もう、投票しない」
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by illcommonz | 2005-09-11 03:19
▼日本は選挙だそうだけど、
d0017381_3233468.jpgきみは、
直截民主主義について、
どう思う?


ヨゼフ・ボイス(1921-1986)
「薔薇がなくちゃ生きてゆけない」
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by illcommonz | 2005-09-11 02:50
▼か た や
d0017381_603515.jpgこのおとこは、おんなたちを、いいように使って、
いったいぜんたい、どの明日にむかって、
なにを全開にしようとしてるのかしらん。
ともあれ、今日9月11日は投票日です。

実は昨晩のこと、とあるところから、
ト*マ*ウ*チの選挙演説を録音した
音声データをもらい、いまそれを聞いて、
ふたりで夜中にイルコモンズ笑いしてました。
(死ぬかと思った。。。)

今日の投票が終わるまで(終わっても?)、ここにはアップできませんが(しました)
連絡をくだされば、約3Mのそれをメールにくっつけてデリバリーします。
________________________________________
追記: イルコモンズが使ってるiTuneではこの演説のあとに、
Stephan Mathieu の icredevirrA:The Last Supper
("The Sad Mac" に収録)がかかり、その寂寥感たるや、
なかなか凄まじいものがありますので、ぜひおためし下さい。

(9/13)選挙が終わったので画像といっしょに
アップしました。このあたりにあります→       .
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by illcommonz | 2005-09-11 01:33
▼茨城県タラフマラ族のおんな芝居
d0017381_239540.jpg今日は、中野のスタジオSAIで、
ダンス・シアター、パパ・タラフマラの
公演『三人姉妹』を観てきました。
もともとチエホフの『三人姉妹』は、
あまり好きな戯曲ではないのですが、
今日のパパ・タラの公演を見て、
なぜ、好きになれなかった、のかが
はじめてようやく分かり、

チエホフの本をあそこまで"大股びらき"にして、すべてを見せきってしまった、
パパ・タラ版の『三人姉妹』にすっかり感服してしまいました。なんというか、こう、、、
綴じられた本を全開にして、それをさらにひらいていくと、やがて、パキッ、と
背中が折れて本がこわれ、綴じ糸の縫い目とか糊のはみだしなんかが露出
してしまう、そんなふうな感じで、思わず、チエホフの本が、「あら、いやだ、
あたしったら、こんなそそうをしてしまって、はしたない。。。」と、赤面してしまう
ような演出と舞台で、ウソをつかない(つけない)、まっすぐな人間のからだ
というものを、あますところなくぜんぶまるだしに見せてくれた、逞しき
おんな芝居でした。

そして、やがておとずれるラストの、ものすごい爆音のなかで、
空にむかって全快してゆく生の宣言は、なかなか感動的で、
できればそこからまきもどして、もういっぺんはじめから見たくなります。

会場で配布された案内によると、今年の暮れには、劇団創設以来の目標
であった「百年の孤独」を、二十四年目にして遂に、舞台化するそうです。
すでに伝説となってる「天井桟敷」の舞台を見損ねて、もっぱらビデオと
映画「さらば箱舟」、それに、大学演劇部の定期公演なんかでのみ観てきた
この怪物作品が、パパ・タラの手でどんなふうに、いま化けて出てくるのか、
これは見ものですし、見のがせないと思います。

d0017381_23253420.jpg
「HEART OF GOLD~百年の孤独」 すべては空と股の物語

あと余談ながら、芝居を観る時は、いつもできるだけ前の席に座るのですが、
今日は運よく一番前の席に座れたので(というか、一番前の席はたいてい
いつもあいてる)、役者の立てる息の音がすぐそばで聞きとれてよかったです。
そんなふうに一番前でナマ身のからだが地べたをころげまわり、とびはね、
くるくるまわったりするのを観てたら、フィールドワーク先のアフリカの村で、
あしかけ7年くらいずっとみてたシャーマニズムの儀式の場に
急につれもどされたような錯覚をおぼえました。

おんなたちが主役のその儀式の詳細は省きますが、その儀式は、
その社会の常識のある大人なら、そろってまゆをひそめるような
"いかがわしい"ものとされてて、"こどもが見に行くようなものではない"
とされてる(でも、実際にはこどもがいちばん熱心にみてる)、
シリアス・コメディ・タッチの演劇的儀式で、それをこどもたちにまじって
一晩じゅう観てた時の記憶と、お尻の痛さがちょっと甦ってきました。

それはさておき、あぁ、そういえば……と、それで気がついたのは、
いつの頃からか、そんなふうに、"こどもが見に行くようなものではない"
とされるような場所やモノが、僕らの身のまわりから少しづつ姿を消し、
ごく一部の映画や雑誌をのぞけば(というか全然のぞけてないけど)、
いま世の中にある多くのものが、こどもむけの場所やものになってる
ということで、「せっかく大人になったのに、これじゃつまらないな」
ということでした。

d0017381_23165677.jpg今日見た『三人姉妹』はエロでも
グロでもストリップでも何でもない、
真っ当な現代劇だけども、どこか
「こどもが見に行くようなものではない」
ものの感触があります。実際、もし
僕がこどものときにこれを観てたら、
たぶんいまとは女性観がまるっきり
違ってたと思います、の、で、

こどもが見に行くようなものではない、この劇は、ぜひともまず、
こどもたちに観てもらいたいものだ、とそう思いました。

#そういえば、今年も、もうじき、9月11日だ。
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by illcommonz | 2005-09-10 23:19
▼メタボリスムの毛ぶかさ
今朝のこと。「ファックスが26枚届いてますよ」というメモあり。
え、でも、最近そんなに長い原稿を書いた覚えはない...ので、
「なにかしらん?送信エラーじゃないのかしらん?」と思って、
様子を見に行くと、それは、建築家の黒川紀章さんの
ところから送られてきたもので、26枚ではなく、
全25頁の声明文の写しと、送り状1通でした。

作家自身の名前で書かれた「(取扱注意)」の但し書きのある、
その「声明文」はつまり、この件に関するものでした。

-----------------------------------------------------------
[アスベスト汚染報道]
「新潮社など相手に黒川紀章さん提訴」(毎日新聞社)

「アスベストで汚染されたマンションの保存を主張した」などと週刊
新潮に報じられ名誉を傷つけられたとして、建築家の黒川紀章さんが
5日、発行元の新潮社などを相手取り、計1億円の損害賠償などを
求めて東京地裁に提訴した。併せて編集人と取材記者に対する
名誉棄損の告訴状を東京地検に提出した。

 訴えによると、同誌9月8日号は「住民を「激怒させた『黒川紀章』
の『アスベスト汚染』マンション」の見出しで記事を掲載。黒川さんの
設計で72年に東京・銀座に建てられたマンションの建物全体が
アスベストで汚染され、住民は建て替えも検討したが、黒川さんが
「世界遺産候補になっている」と虚偽の説明をして補修による保存
を主張したと報じた。

 黒川さんは会見し「以前から補修は提案しており、その後、一部に
アスベストの露出があると聞いたが、全体が汚染されているわけでは
ない。マンションは国際機関によって正式に世界遺産の候補に選ばれ
ているが、そのことを理由に補修を主張したことはなく、記事は悪質」
と訴えた。
-------------------------------------------

かかる記事で、「『アスベスト汚染』マンション」という、いかにも
スキャンダラスな、よごれた名で呼びすてられてしまった当の建物の、
そのただしい呼び名とうつくしい外観は、下にある通りで、
この作品は「メタボリズム」の思想にもとづいて設計され、
建設されたものです。

d0017381_17462141.jpg
▼中銀カプセルタワービル
 Nakagin Capsule
 Tower Building
 地下1階地上13階 
 設計:1969年~1970年 
 竣工:1972年



「メタボリズム」というのは、
建築を「新陳代謝するいきもの」と考え、
建築を「住む機械」と考えたコルビュジェに対し、
建築は"毛ぶかく"あらねばならぬ、とした思想ならびに
その方法論、および運動です。これは1960年代に
作家の黒川記章、菊武清訓をはじめ、浅田彰の
叔父さんで都市計画家の浅田孝、批評家の川添登、
グラフィックデザイナーの粟津潔らによって結成された
「メタボリズム・グループ」をオリジネーターとする
戦後日本発の前衛的建築運動です。

この「メタボリズムの生きたアイコン」ともいえる作品が
いま世間に蔓延するアスベスト公害の
その格好の「シンボル」であるかのように扱われ、
「アスベスト汚染マンション」という名前でもって、
アブジェクション的な恐怖の対象として
その標的にされてしまったわけです。

ただし、この件は目下"係争中"で、しかも、
高度にテクニカルな内容を含むものなので、
ここではコメントや引用は一切さしひかえますが、
送られてきた25頁の「声明文」に目を通した上での
結論として、今回の報道記事は、黒川紀章氏個人と
その作品の名誉はもちろんのこと、メタボリズムという
思想の名誉さえも毀損しかねないように思えましたので、
この件に関し、イルコモンズとしては、
不屈のメタボリスト・黒川記章を支援することを、
ここに声明してみることにしました。

「たたかう建築家」というと、日本ではまず、
宮内康のことが頭に浮かび、一九七〇年の
万博についていえば、それにもっとも深く関与した
黒川紀章と、それにもっとも鋭い批判を浴びせた
宮内康とでは、その立場も戦術もまったく正反対で、
建築をめぐるたたかいにおける、その光と影、
といえるくらい、その居場所の異なる存在ですが、
なんにせよ、一九六〇年代に、思想と言論と
その作品でもって、何かにたちむかうことをはじめた
作家たちというのは、本当にタフでダイハードで、
たたかうことをやめないのだなぁ、とつくづく
そう思いました。

見たところ、今回の週刊誌の記事は、
「建築会の巨匠が自分のエゴで作品を残すことに
執着している」という、ヒジョーにわかりやす~い
おなじみのストーリーテリングをキートーンにして
まとめられているようですが、でも、そこには、
アヴァンギャルドな作家としてのメタボリストの思考と
その持続するラディカリズムに対する理解が
すっぽり抜けおちてるように思いましたので、
昨年イルコモンズが建築批評家の五十嵐太郎と
一緒にやった黒川紀章氏へのインタヴューのなかから、
その一部をここに引用しておくことにします。

..............................

●小田:メタボリズムには「増殖・交換・分裂」そして「破壊」
という4つのモメントがある、とはっきりそう書かれています。
そうした意味でパヴィリオンの「破壊」は、メタボリズム建築
が必ずやたどるプロセスとして予めプログラミングされてい
たと思いますが、とはいえ、自分が設計したものが実際に
目の前で解体される場面に立ちあった時は……。

■黒川:破壊の意味は今の言葉ではリサイクルですね。
嬉しかったよね。だって他のパヴィリオンなんかは鉄玉を
ぶつけて壊してるでしょう。僕のだけは整然とボルトを外し
ていく。あれはやっぱりザマア見ろと思う。それはやはり
見事な壊れ方だから一個ちゃんともらったんだよ。《エッ
フェル塔》みたいに残るものもあるけれど、基本的には
オリンピックと違って万博は壊すということが原則になっ
ている。だから、ここでメタボリズムやらなければ、どう
するのよ。万博ってメタボリズムそのものなんだね。
そこで如何に美しく壊れるかというのを見せなきゃ。[中略]
僕は壊すことの美学は大阪万博で成功したと思ってる。

「都市、万博、メタボリズム~破壊と再生のプログラム」より」
..............................

というように、黒川紀章さんというのは、
破壊についてはひと一倍その心得があり、
なにより「共生」ということを半世紀以上にわたって
しつこく考えつづけてきた"毛ぶかい建築家"なので、
もし本当に壊す必要があると判断すれば、
たとえそれが遺産であろうと何であろうと、
ちきんと・ただしく・壊す作家だと思い、
そこには万全の信頼をおいているので、
今回の件についてイルコモンズは、
黒川紀章を支援します。以上。

______________________________________
【追記】 後刻、黒川さんの秘書の方からレスいただきました。
「応援ありがとう」(黒川)とのこと。また秘書の方によれば、
「かなり奮闘しております」とのこと ←←これを読んで、
「国家の威信」だとか「日本人としのて誇り」なんかでなく、
こんなふうに、ひとりひとりが、自分でつくった思想や
作品や住まいのために奮闘し、「自分でたたかう」のが、
やはりいちばんだと改めてそう思いました。
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by illcommonz | 2005-09-08 18:13
▼ぬ ら り
d0017381_23521072.jpgひ ょ ん、なことから、とつぜん、
「介入展示」の話をもらい、
最終日のいちばん忙しい時に、
ずうずうしくも、会場の壁や床に、
貼り紙やらシールやら飼育箱やら、
なんやらかんやらをなんやかんやと
展示させてもらった「バ  ング  ント」展
への介入の、その最後のしめくくりとして、
9月17日発売の「美術手帖」10月号に
短い文章をふたつ書きました。
表題はそれぞれ次のとおりです。

▼「バングント領域(リョウイキ)」
  (文=イルコモンズ)

▼「お届けしましたがご不在でした」
  (文=イルコモンズ)

字数がうんと限られていたにもかかわらず、
さらにそれを二人で分け合って書いたので、
どちらも改行がひとつもない、ぬりかべのような
かなり圧縮した文章になってます。

聞けば、予想したよりはるかに多くの寄稿があったそうで、
ならば、そのうちの一つを、ここで一足先に公開したところで、
雑誌の売り上げには、ほとんど何の影響もないだろうから、
ここに全文掲載してみようかな……とも思いましたが、でも、
やはり出版の世界の仁義というものがあるので、それはヤメて、
mixi の方に分載することにしました。マイミクシーだけの
限定公開なので、たとえば、脱稿後に知り合いにメールで
原稿を送って先に読んでもらい、レスをもらうのとさほど
大きな違いはないはずなので、ちょっと実験的に
公開してみます。なお、mixi のURLは、ここには
書きだしませんので、自力で検索してみてください。

ちなみに、脱稿の翌日に刊行された『新潮』10月号に掲載の
椹木野衣「希望のための、ささやかのテロ、のようなもの」を
読んでみたら、あの「箱につきまといかねない3つの誤解」と
「自我の死と再生の物語の読みこみ」に機先をさすという、
その批評のラインでは、だいたい見方が一致してました。

あと、展示のくみたてに、村上春樹の作品世界と同質の影が
あるのは、うすらぼんやりと感じてましたが、それが『国境の南、
太陽の西』のそれだというところまでは、気がつきませんでした。

展示がまだ続いている最中に書かれたこの評論とはちがい、
僕らは展示の最終日を見届けたところから書きはじめたので、
なんとはなしに『世界の終わり…』とか『ダンス…』の結末に
ひきつけて見てしまったようなところがあります(かっこぉ)

ともあれ、次は、展示を終えてからのことが書かれる、
この評論の続きがどうなるのか、来月の『新潮』が楽しみです。

______________________________________
[用語解説] 【ぬらり・ひょん】 Nurari-Hyon 名詞
妖怪の総大将ともいわれるが、やることはあまり総大将らしくない。
人間に悪事をするのが無上の喜びで、人の心理の隙をねらうのが
巧みな妖怪。人々が忙しい夕方時、どこからともなく現れ、勝手に
座敷に上がり込み、勝手にタバコやお茶など飲んだりする。
境港市観光協会編「水木ロードの妖怪たち」より
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by illcommonz | 2005-09-07 17:46
▼備忘録
d0017381_16414216.jpg
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by illcommonz | 2005-09-07 16:43
▼みなさん、批判力もきたえましょう
d0017381_12433517.jpg
上から下への権力、下から上への抵抗力、水平の批判力を、きちんと分別しましょう。
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by illcommonz | 2005-09-06 12:50
▼みなさん、想像力をきたえましょう
d0017381_141144.jpg
「The Perfect Medium: Photography and the Occult」展
05年9月27日から12月31日まで、メトロポリタン美術館にて開催
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by illcommonz | 2005-09-06 01:45
▼バグダットの悲劇とデルンの黙示録
d0017381_171124.jpgすでに旧聞に属することですが、
チグリス川に架かるバグダットの
橋の上で起こったあの悲劇がもし、
本当に計算されたものだったとしたら...
まさしくそれは情報爆弾による肉弾のテロ。
他者に対する相互不審と恐怖を兇器にした
サイコロジカルなテロということになり、
これじゃまるで「バ  ング   ント」展で
サラギノが参照した"デルンの黙示録"
そのまんまじゃないかと、今更ながら
ガ・ク・ゼ・ンとしてます。

「 魔とは、頃、抑 に、さらされ、 満、を、かかえ、て、いる 間
たち、の 識、が、かれ、らの 胞、を、 変させた、 果と断 。
[…] かつて、にちじょう、を、きょうぞん、して、きた、もの、
たち、も、おのれ、が、魔予 軍の、烙 を、おされる、こと、恐れ、
だれか 魔予 軍と、なりうる 間は、いない、か、つ、ね、に、
他 を、監 する、ように、なり、まし、た。こうして、現 の 魔狩 
が、はじ、まった、の、です。」(サラギノ)

それに今回の惨事でもやはり、最大の被害をこうむったのは、
おんなこどもたちだったようで、この「未来に対する最大の
社会的自滅行為」に、ますますガ・ク・ゼ・ンたる思いがします。
せめてもの救いは、下のニュースですが、

「シーア派救い、おぼれたスンニ派男性いた」
 イラクの首都バグダッド北部で8月31日、イスラム教シーア派の
巡礼者千人近くがチグリス川に転落するなどして死亡した惨事で、
川に入ってシーア派の信徒を救い、自らはおぼれて死亡したスン
ニ派の男性がいたことが3日、分かった。AP通信が伝えた。
 男性はオスマン・ウベイディさん。シーア派の7人を川から助けた後、
8人目を救い出そうとしておぼれたという。両派は新憲法をめぐって
対立しているが、3日にバグダッド市内のモスクで営まれた葬儀には、
両派の政治家や軍、警察関係者が参列。新憲法草案反対でスンニ派
と歩調をそろえるシーア派の反米指導者サドル師の関係者もいた。
 参列した国民議会のシーア派議員は「彼はイラクの統一の象徴だ」と
ウベイディさんの行為をたたえた
http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-050904-0012.html

d0017381_1174978.jpgしかし「象徴」で死んだ人間が
浮かばれるわけでもなし、
もどってくるわけでもなし。
とにかく、もう、たのむから
「けんかはよせ、はらがへるぞ」
という気分で、発作的に
「バグダッド・カフェ」を見た。
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by illcommonz | 2005-09-06 01:21