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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼首くくり栲象
d0017381_8205369.jpg「"教室"を教室でなくするチャレンジ」として、
メディア研究者で、ラジオ・アクティヴィストの
粉川哲夫さんが東京経済大学でやっている
講義「身体表現ワークショップ2005」で、
首くくり栲象 (くびくくりたくぞう)さんの
「首吊りパフォーマンス」があります。

粉川哲夫プロデュース
「身体表現ワークショップ2005」
東京経済大学6号館地下「スタジオ」
毎週金曜午後2時40分から5時50分まで

以前「国立の庭」での実演を見逃したので、
今日は午後からこれを聴講にゆきます。

この夏、「ユーガーデン」にも出ていただいた粉川さんは、こういう本当の意味での
「実験講座」を大学を移動/異動しながら、もうかれこれ二〇年以上も続けていて、
この講義の「趣旨」(←必読)に深い賛意と共感を覚えるイルコモンズとしては、
ズバリ、こういう講義をしたくて、各種大学での求職活動を行ってる次第なのです。
(あ、云ってしまった、いえいえ、そんな魂胆はないですよ ♡>>>人事担当者)

-----------------------------------------------------------
[追記1] 今日の講義には、元・イルドーザーの石黒(景太)くんがゲストで
参加する予定でしたが、残念ながらそれはキャンセルになったようです。
[追記2] 上の画像は「国立の庭」での公演のもので、イルコモンズの
展示の現場写真をずっと撮影してくれてるデザイナーで写真家の
kamata motokoさんがデザインしたものです。
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by illcommonz | 2005-11-25 08:20
▼発心一句
d0017381_22222724.jpg 我ら いま仮(かりそめ)に、
 化(かたち)をあらはにして、
 騙(かた)ると云へども、
 鬼に非(あら)ず 獣に非ず、
 もとより無常のモノなれば、
 人と異なるコモンズなり。
 "雨月物語illcommonz mix"
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by illcommonz | 2005-11-24 22:23
▼NOTRE MUSIQUE オリジナルサンプルトラック盤
ゴダールの映画「アワーミュージック」のオリジナルサウンドトラック盤というのは、たぶん、
23世紀頃までリリースされないと思うので、Amazon.com のサンプル音源をかき集めて、
オリジナルサンプルトラック盤をネット上に編集してみました(ほしいものは自分でつくるのが、
イルコモンズなので...)。表記は上から順に「演奏者名」「使用曲名」「収録アルバム名」に
なってます。映画の構成にならって「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の三部構成にして、
おおよそ、映画のなかで使われた順番にならんでいます。アルバム名をクリックすると、
その先で視聴用のサンプル音源がきけます。おすすめは、ジョルジー・クルタークが弾く
バッハの「神の時こそ、いと良き時」と、ケティル・ビヨルンスタの「海」の第七番です。
前者は劇中の講義のバックで、後者は「天国篇」で使用されていた曲です。視聴用の
サンプル音源なので、それぞれ30秒程度の短いものですが、ゴダールが映画で
既成の楽曲を使用するときの平均使用タイムはおそらくそれよりずっと短いので、
これで十分だと思います。使用された楽曲の使用されなかった部分を聴くと、
ゴダールの楽曲のカットの仕方が実に絶妙だということがよくわかりますし、
同じアルバムの使用されなかった他の楽曲を聴くと、ゴダールの選曲が
これまた秀逸だということがよくわかります。また、こうしてジャケットを
並べてみると、デザインに一定の傾向性が見えて、これまた面白いです。
このオリジナルサンプルトラック盤は、ゴダールが映画で使用した楽曲の
使用されなかった他の部分や他の楽曲を試聴するというのがコンセプトなので、
「アザーミュージック・オブ・アワーミュージック」とタイトルをつけました。
このオリジナルサンプルトラック盤は、ギフト・エコノミーの精神にのっとり、
ゴダール映画の研究と批評を目的に編集したもので、その限りにおいて、
完全に「フェアユース」の範囲内にあるものなので、存分にご活用ください。
編集と表現の自由と、その可能性のために、もっとより多くの、より高い
サンプリング・レートの、より長いタイム・スケールの、サンプルを我らに()。 
(イルコモンズしるす)
.....................................................................................

d0017381_16292735.jpgイルコモンズ編
「アザーミュージック・オブ・アワーミュージック」
オリジナルサンプルトラック盤 (視聴用サンプル音源編集版)
...................................

[地獄篇]
Valentin Silvestrov
Sonata for Violoncello and Piano. [タイトル・クレジット]
Leggiero, Pesante.

Hans Otte
Buch Der Klange 8. [空爆、着弾、炎上、死体、廃墟]
Das Buch der Klange

[煉獄篇]
Allegretto from Symphony No.2 in D major. [路面電車]
Jean Sibelius Symphony No. 2.

Trygve Seim
Obecni Dum.
The Source and Different Cikadas.[歓迎会]

Vardapet Komitas + Tigran Mansurian
China Es.[大使館]
Hayren: Music of Komitas and Tigran Mansurian

Meredith Monk
Line 1. [廃墟の図書館]
Mercy

David Darling
In Motion. [オルガ]
Dark Wood

Gyorgy Kurtag
Gottes Zeit Ist Die Allerbeste Zeit.(J.S.Bach) [講義]
Jatekok: Marta and Gyorgy Kurtag.

Anouar Brahem
Aube Rouge a Grozny.
Astrakan Cafe

Ketil Bjornstad
Song For A Planet.[崩壊する橋]
The Sea II.

Anouar Brahem
Barzakh.
Barzakh.

Gyorgy Kurtag
Ligatura: Message to Frences-Marie. [隣に女性がいる]
(The answered unanswered question)
Musik fur Streichinstrumente

Valentin Silvestrov
Metamusik-Symphony For Piano And Orchestra. [街]
Metamusik, Postludium.

[天国篇]
Overture-Fantasy. [小川のせせらぎ]
Romeo and Juliet.

Ketil Bjornstad
The Sea VII. [弟が生まれたよ]
The Sea.

Arvo Part
Silouans Song.[林檎を分け合う]
Te Deum /Kaljuste, Estonian Philharmonic Chamber Choir

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[追記] とはいえ、上記のほとんどのアルバムはECMレーベルのもので、
「ヌーヴェルヴァーグ」と「映画史」のサントラ盤リリースの前例もあるので、
マンフレート・アイヒャーとECMの英断に期待することにします。
なおECMについては、何といってもここが詳しいので、ご参照を。
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by illcommonz | 2005-11-24 16:33
▼イルコモンズの「アザーミュージック」連載はじまりました。
d0017381_2037347.jpg
ジャン=リュック・ゴダール「アワーミュージック」公式サイトで、
イルコモンズの「アザーミュージック l'autre musique」講義
連載をはじめましたので、どうぞ、ご覧ください。

この後、「リバースショットへのリバースショット」「ダンテがゴダールの
映画を通過してアワーミュジックがうまれた」などの話が続き、その後に
「アザーミュージック・ポエトリーリーディング」に展開してゆく予定です。
-----------------------------------------------------------
[追記] スペースの都合で掲載できなかった画像はこちらでご覧下さい。
・イルコモンズ編「ゴダール出演映画史」(抜粋)
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by illcommonz | 2005-11-22 20:37
▼文化人類学解放講座・後期・第二部開始
(イルコモンズの「文化人類学解放講座」より)

d0017381_9502515.jpg
"都市の速度"

「コヤニスカッツィ」
ゴドフリー・レジオ監督
1984年


前回の講義の最後に、「これまで講義で見てきた映像作品のなかで、
興味を持った作品とその理由を書いてください」というアンケートを
実施しましたが、アンケートを集計してみた結果、下記のように、
通常の文化人類学の講義ではまず見ることのない作品が、
古典的な民族誌映画よりも上位を占めるという結果になりました。
.........................................

1位: G・レジオ 「コヤニスカッツィ」
2位: ザ・レジデンツ 「エスキモー」
3位: G・ヤコペッティ 「世界残酷物語」
4位: W・ヘルツォーク 「緑のアリが夢見るところ」
5位: M・ベルソン 「クラ・島々をめぐる神秘の輪」

d0017381_8265219.jpg

[左上] 「エスキモー」 
[右上] 「世界残酷物語」
[左下] 「緑のアリ」
[右下] 「クラ」

以下、「ブッシュマン」「極北のナヌーク」「クロスロード」
「冗談関係」「失われた一万年」「コスモス」「ディスインテグレーションループ」
「クラ・西太平洋の遠洋航海者」「ナイナイへの旅」 「デデヘーワ父さんの庭そうじ」
「デデヘーワ父さん 家事をする」「男たちの木の下で」「マニトゥ」「食人族」「人喰族」ほか
....................................................................................
▼アンケートの結果から

この結果を見て、民族誌映画の中で「古典」や「スタンダード」といわれてきた作品の、
同時代的価値や教材的な価値について、もう一度考え直してみる必要がありそうだと、
そう思いました。

というのも、アンケートに書かれた内容を読むと、単に「面白かった」というだけでなく、
上位の作品ほど、異文化だけでなく、自分たちがいま生きている文化や社会について、
よりリアルに、かつ、より深く、考えなおすきっかけになったようだからです。

d0016471_9214715.jpgまた、受講者の中には「結び合わせるパターン」を
見つける力を発揮し、映画「コヤニスカッティ」が
暴きだして見せてくれた現代の都市生活における
見えないスピードを、「男たちの木の下で」の
オートバイと車のスピードについての雑談
(後から出発したものが先に出発したものを
追い越すという話)と結びあわせて考えてみる
ということをしてくれた人がいました。

また、前期の講義で見た、映画「ブッシュマン」の中でのコカコーラの表象と
「エスキモー」でのコカコーラの表象を結びあわせ、その共通点と違いを
考えてみるということをしてくれた人もいました。いずれの作品もいわゆる
ドキュメント映画ではなく、現代文明批判の「寓話」のような作品ですが、
ドキュメント作品以上に、いま自分たちが、リアルタイムで現実に生きてる
文化や社会について考えなおすきっかけと刺激を与えてくれる作品です。

d0016471_9174198.jpg
「ブッシュマン」1980年
ジャミー・ユイス監督

分け合えないモノとは?
人の暮らしとは?
しあわせとは?
よろこびとは?
生きるとは?
文化とは?

...................................................................................
▼文化人類学のふたつの局面

もともと、文化人類学/民族学とは、単に異文化社会の記述と分析に終わるのでなく、
転じてそれが、自文化に対する目をひらかせ、自分たちがいま現実に生きてる
同時代の社会や世界の問題について、考えなおすきっかけとなり、そこから、
いま・ここ〈と〉よそにある、様々な問題(戦争、貧困、差別など)に対する
文化人類学ならではのユニークな発想や指摘、思いがけない示唆や批評が
生まれてくるわけですし、また、そうでなくてはなりません。
たとえば、フランツ・ボアズやレヴィ・ストロース、ピエール・クラストルや
ヴィクター・ターナーをはじめ、マイケル・タウシグ、トリン・ミンハ、ポール・
ラビノウ、アンナ・ツィンなどの民族誌研究や、ディヴィッド・グレーバーの
活動などには、そうした自文化に対する批評的なまなざしが見られます。
かつて、哲学者のモーリス・メルロ-ポンティはこう書いていました。

d0017381_523787.jpg
「民族学とは、未開社会という
特殊な対象によって定義される
専門職ではなく、いわばひとつの
ものの考え方であり、自分の社会
に対して距離をとるならば、私たちも
自分の社会の民族学者になるのである」



文化人類学には「異文化を知る」という局面と、そこから「自文化を知りなおす」
という局面の、ふたつの局面があります。通常の文化人類学の講義では、
前者の方にアクセントが置かれることが多いのですが、この講義では、文化
人類学を専門家以外のより多くの人に対して開かれた同時代の学問として
解放し、リセットするために、そのアクセントの置き場をシンコペーション的に
ズラし、後者の方により強いアクセントをおいています。それにもともと、
この講義は「未開社会の研究者」や「専門職としての文化人類学者」を
養成するためではなく、文化人類学者に「なりそこなる」ことで、あるいは
「なりすます」ことで、「他の何か」になってくれるかもしれない、あるいは、
「他のものの考え方」をはじめてくれるかもしれない、開かれた人材を
養成するための解放講義ですので、これから以後も、今回のアンケートで
上位にあがった、文化人類学者ではない(・なりそこねた・ならずにすんだ)
作家や音楽家たちが制作した作品を積極的にみてゆくことにします。
....................................................................................
▼ザ・レジデンツのまなざし

d0016471_8211862.jpg
「ディスコモー」2002年版
Discomo
ザ・レジデンツ

←DVDのシークレット・トラック
として収録された「エスキモー」の
ディスコ・ヴァージョンとその映像。

ザ・レジデンツの「ディスコモー」(*アルバム「エスキモー」がリリースされた時、
「レジデンツがつくった音楽は本当のエスキモーの音楽とは全然ちがう」という
いかにもありがちな批判に応えて、ならば、「もっとちがったものをつくろう」と、
ザ・レジデンツがセルフリミックスした、「エスキモー」のディスコヴァージョン)
のPVでは、このサイケデリックな映像を背景に「エスキモーの言語には雪を
表現する語彙が40もある」ということや「現在ではその数はさらに増えている」
ということ、そして「英語には23の語彙が存在する」というテロップが挿入されます。
このうち、最初のものは、レヴィ=ストロースの『野生の思考』でも引用されている、
有名なもので、認識人類学の教科書などでもよく目にするものですが、
現在、それが増えていることは、あまり知られてませんし、また英語にも
23の語彙があることもあまり話題になりません。小さなことながら、ここには
エスキモー文化の歴史的変動に対するザ・レジデンツの目配りがあり、また、
エスキモーと西欧を「野生」と「文明」という非連続的な2項対立の枠組みに
押しこめてないところに注目してください。こうしたところから、ザ・レジデンツの
目玉がダテに大きいだけでなく、歴史的変化や連続量をしっかり見据えている
ということがわかります。
....................................................................................
▼エスキモーを演じる

d0017381_12492157.jpg
「エスキモーの村」 1901年
The Esquimaux Village
トーマス・エジソン撮影
「エスキモー」には、1901年にエジソンが撮影した「エスキモーの村」という
約1分ほどの短編映画がシークレット・トラックとして収録されています。
これは、エスキモーの村を「再現」」した書き割りのセットで撮影されたものです。
つまり、ザ・レジデンツが行ったエスキモー文化の「再創造」よりはるか以前、
映画が発明されたその6年後には、映画という最新のテクノロジーを使って
エスキモーを模倣するということが行われていたことが分かります。
ザ・レジデンツが1979年以来、「エスキモー」をそのつど最新のテクノロジー
(CD、CD-ROM、DVD)を使ってヴァージョンアップしてきた理由は、どうも
このへんにあるようで、それは二〇世紀の西欧のテクノロジーがそのはじまりから、
異文化をつねに被写体(実験台?)としてきた、という歴史を批評的に反復して
みせているようです。そして前期の講義でお話ししたように、文化人類学を
「モダンな学問」にすることに貢献したフィールドワークは、自動車やカメラ、
フォノグラムやテープレコーダーなど、テクノロジーの発明ぬきには考えられ
ないものでした。ところで、このようにエスキモーの文化を模倣するということは、

d0017381_12551047.jpgエジソンやザ・レジデンツだけでなく、アメリカの文化
人類学の父とされるフランツ・ボアズも、自らエスキモーの
扮装をした一種のコスプレ写真を数多く残しています。
なぜ西欧/人は、このように、しきりにエスキモーの文化を
模倣したり、再創造しようとするのでしょうか?これに
ついては一度考えてみる必要があるかもしれません。
いったい、それはどんなロマン主義なのか?あるいは、
どんな欲望なのか?と。

←エスキモーの扮装をした文化人類学の父
d0017381_8512683.jpgちなみに、フラハティのドキュメント映画
「極北のナヌーク」(1921年)がはじめて
日本で公開されたときのタイトルは、
「極北の怪異」という題で、このタイトル
からも知れるように、公開当時この映画は
エキゾチックな見世物として見られたよう
です。おそらく、このへんにヒントのひとつが
あるように思います。

....................................................................................
▼記号の反乱

d0016471_9401917.jpgところで、「エスキモー」では、コカコーラや
マクドナルドの商標が文明の「記号」として
選好的に使われていましたが、そこから
さらにすすんで、こうしたグローバル企業
(例えばナイキやP&G)の商標(ロゴマーク)
について、いわゆる「都市伝説」と呼ばれる
ような「うわさ話」や「流言」がまことしやかに
語られるという現象があり、ローズマリー・コンベのように、そうした現象を
アンチ・グローバリズムの観点から研究する文化人類学者もいます。
これについては、次回以降のグローバリズムをめぐる講義のなかで
紹介したいと思います
....................................................................................
▼コヤニスカッティとスペクタクル社会

今回のアンケートので最も評価が高かった「コヤニスカッツィ」のエンド・
ロールの中で監督のグレゴリー・レジオは、この作品を制作してゆく上で
貴重なインスピレーションとアイデアを与えてくれた人物として、イヴァン・
イリイチ(社会学者)やデイヴィッド・モノニエ(ホピ族の長老)など何人かの
名前をあげていましたが、その中にギー・ドゥボールの名前があがっていました。

d0016471_8465498.jpgギー・ドゥボールは、人類学者になりそこねた画家
アスガー・ヨルンなどと共に「シチュアシオニスト・
アンテルナシオナル」というグループを創設した人物で、
「ポトラッチ」(このタイトルは北米ネイティヴ・アメリカンの祭の
名前からとられたもの)という雑誌や「スペクタクル社会」という
著作を通して、現代の消費文化や管理社会を鋭く分析し、
批評した思想家であり、映像作家であり、アクティヴィストです。

「コヤニスカッティ」の後半部の現代社会をとりあげたパートには、
たしかに、ドゥボールの著作「スペクタル社会」とそれを映像化した
同名の映画の影響がうかがえます。

「スペクタクル社会」が出版されたのは1960年代ですが、その分析は
今でもなお有効で、カルチュラル・スタディーズなどでもよく使われる
概念ですので、もし時間があれば「コヤニスカッティ」と比較するために、
オリジナル版を全部見るのは無理だとしても、この作品に対する様々な
反響に応えるためにドゥボールが追加制作した「反駁」という短い作品の
方を見てみたいと思っています。

d0016471_8452924.jpg「スペクタクル社会」1973年(1995年版)
La Societe du Spectacle.
モノクロ 86分
仏語ナレーション+英語字幕つき
d0016471_8455681.jpg「反駁」1975年
Refutation de tous lese judgement
tant elogieux qu' hostiles sur le film
"La Societe Spectacle"
モノクロ 21分
仏語ナレーション+英語字幕つき
....................................................................................
▼グローバリズムの帝国

今回の講義では、おそらく彼もまた、ドゥボールに影響を受けたと思われ
るM・ムーアが1997年に制作した「ザ・ビッグワン(THE BIG ONE)」という
ドキュメント映画を見ることにします。

d0016471_8544435.jpg
▲「ザ・ビッグワン」 1997年
THE BIG ONE 
マイケル・ムーア監督
カラー 91分

この作品は、北米資本の大企業の実態に迫った作品で、P&Gやナイキ社に
代表される北アメリカ資本のグローバル企業の利益追求のネオリベラルな
経営が、いかにアメリカ国内に失業と貧困(ムーアにいわせれば経済的テロ)を
生み出し、またインドネシアでの低賃金労働から不公正な利益を得ているかを
明るみにしてみせた作品です。このドキュメントは「コヤニスカッティ」と同じく、
北米を舞台にした作品ですが、「コヤニスカッティ」を見た時と同じく、これと
同様のことが、日本も含むアメリカ以外の企業によって、グローバリゼーション
という名のもとに、アメリカ以外の国と地域にまで拡大しているという風に
見てください。「ザ・ビッグワン」は、ムーアの作品の中でもあまり見るチャンスの
ない作品だと思いますので、この機会にぜひ見てもらえればと思います。 
ストーリーボードをみる
....................................................................................
▼サイコパスとしての企業

この映画を見て、こうしたグローバル企業の実態や問題について、
もっと理解を深めたいと思った人は、もうじき日本でも公開される
「ザ・コーポレーション」という映画を見ることをお奨めします。
この作品は海外ではすでにDVD化され、インターネット上の
フィルム・アーカイブでも公開されていますので、そこから
ダウンロードして見ることもできますが、なにしろ2時間25分の
かなり長い作品ですので、日本語の字幕のついたものを劇場で
見ることをお奨めします。マイケル・ムーアをはじめ、いずれ、
この講義でも紹介する予定の『NO LOGO』の著者、ナオミ・
クラインやN・チョムスキーなども出演しています。

d0016471_9252645.jpg
▲「ザ・コーポレイション」2004年
The Corporation
M・アクバー+J・アボット監督
カラー 2時間25分
出演:ノーム・チョムスキー
ナオミ・クライン、マイケル・ムーア
公式サイト / 日本語版予告篇をみる (3.27MB WMV) / レヴューをよむ
....................................................................................
▼ミッキーマウスの経済学

一方、この講義では、「ザ・ビッグワン」を見た後、グローバリズムについて
さらに理解を深めるために、南米のハイチを舞台にした短編ドキュメント映画
「ミッキーマウス、ハイチへ行く」という作品を見ます。この作品では、
「ザ・ビッグワン」の中では証言のみで、その実態を映像を通して見ることが
できなかった「スウェット・ショップ」と呼ばれる低賃金労働工場の実態を
ハイチの事例を通して見てみることにしたいと思います。

d0016471_10311688.jpg
▲「ミッキーマウス、ハイチへ行く~
ウォルト・ディズニー社の搾取のサイエンス」1996年
Mickey Mouse Goes to Haiti:
Walt Diseney and the Science of Exploitation.
NLC監修・CRA制作
カラー 17分

この映画の中に「これじゃまるで生きた死人のようだ」という証言があります。
この言葉の背景にはハイチのブードゥーとよばれる文化があって、それに
ついて知っておくために、もし時間があれば、文化人類学者になりそこねて
映像作家兼前衛舞踏家になったマヤ・デーレンが1950年代に制作した
民族誌映画「神の騎士」も併せて見てみたいと思います。

d0016471_9273083.jpg「神の騎士」1951年
Divine Horsemen:
The Living Gods of Haiti
マヤ・デーレン監督
モノクロ 52分
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▼世界の貧困

この後は、リオ・デ・ジャネイロの路上で暮らすストリート・チルドレンに
ついてのドキュメント映画「路上の子供たち」か、あるいは「スカベンジャー」
と呼ばれる、マニラのスモーキーマウンテンに住むゴミ拾いの子供たちの
暮しを描いた「忘れられた子供たち」のどちらかを見て、"ホワイトバンド"などを
通じてにわかに関心が高まってきた世界の貧困問題について考えみたいと
思います。

d0016471_9302911.jpg
[左]四ノ宮浩監督 「忘れられた子供たち」 [右] S・ベルニック監督「路上の子供たち」
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▼反グローバリズムの儀式から見るグローバリズム

その後は「キロメートル・ゼロ」あるいは「WTOとは何か」というドキュメントを見て、
グローバリズムをグローバリズムに反対する人々の抗議行動やメディア行動の方から
見てゆく予定ですが、随時、アンケートをとって受講者の意見を聞きながら、
そのつど何を見てゆくかをを決めてゆきたいと考えています。

d0016471_10373713.jpg「キロメートル・ゼロ~
カンクンでのWTO難破」
Kilometer 0:
WTO Shipwreck in Cancun
カラー 58分
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▼戦争としての人生・ナコイカッツイ~見えないスクラップ&ビルド

なお、講義の最後の週は、今回のアンケートでもリクエストの多かった
「カツツィ」シリーズの完結篇「ナコイカッツィ」を見ることにします。

d0016471_1093620.jpg「ナコイカッツィ」2002年
Naqoyqatsi
G・レジオ監督

#公式サイトをみる
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by illcommonz | 2005-11-18 14:53
▼横浜トリエンナーレ緊急アンケート
d0017381_13575137.jpg
昨日、発売された『美術手帖』12月号掲載の
「横浜トリエンナーレ2005緊急アンケート」に
「回答」のかたちを借りた「最後の申し出」
寄せていますので、どうかご覧下さい。
これで、もしなにもレスがなければ、
そのときは(以下省略)。
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by illcommonz | 2005-11-18 05:52
▼「アフターダークシアター」はじめます
d0017381_0284177.jpg  「闇、に、つ、い、て、」は、
  残念ながら、未遂に終わりましたが、
  創作劇「アフターダーク・シアター」は、
  この中止にさからって、このまま勝手に
  制作をつづけます。まだ発表の時期も、
  公演の場所も、なにひとつ決まってませんが、
  「表現よ一歩前へ、チャンスは後からついてこい」が
  イルコモンズの行動原則なので、かまわず、
  制作をつづけます。いつかはわかりませんが、
  いずれ、その上演が必要になってくる事態が
  やってきそうなので、このまま制作を続けます。

「アフターダーク・シアター」の第二幕後半では、以前、このブログで公開した
「新日本憲法第9条草案」のトランスナショナル・ポエトリーリーディングを行います。
これは以前「ユーガーデン」で上演した「前衛詩としての第9条」の続きにあたるもので、
第二幕でまずこれを再演した後、つづいてмячи !さんに翻訳していただいた
「日本憲法第9条草案」の英語版をもとに、Google の自動翻訳機能を使って、
イタリア語版、スペイン語版、フランス語版、ドイツ語版、ポルトガル語版の、
テキストを作成しましたので、これを Mikrosoft と IbM の自動朗読システムを使って、
トランスナショナルかつ、ポエトリカルに、マッシュアップ・リーディングします。

その他のテキストとスクリプトは、下記のとおりです。この現在進行形の
「アフターダーク・シアター」を共同制作したい方、音響や映像や朗読や批評で
参加されたい方は、イルコモンズまでご連絡ください。旧作「前衛としての第9条」を
まずご覧いただいた上で、どんな表現や手法、また媒体や場所での上演が可能で、
また効果的かをディスカッションすることからはじめたいと思います。

************************************
d0017381_0392096.jpg
イルコモンズ脚本
ジ・アフターダーク・シアター
Rebirth of A Nation?
Reverse of A Nation?
第二幕

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[ポエトリーリーディング用テキスト1~6]
「新日本憲法第9条草案」(前衛詩としての第9条)
  日本に暮らすものは、何ぴとたりとも、
  国権の発動たる、国家による戦争を、
  まったく完全に、かつまた全面的に、
  わけても根本的に、とことん、
  これを放棄し、たとえ、
  誰が何と云おうとも、
  何が起きようとも、
  一切関知せず、
  国家による、
  あらゆる種類の、
  あらゆる形態の、
  あらゆるすべての、
  戦争という戦争の、
  その一切合切の、
  全部すべてを、
  端から端までひとつも残さず、
  上から下までひとつの特例も認めず、
  最初から最後までひとつの例外も許さず、
  絶対的かつ未来永劫的に、
  最後の最後の最後のそのまた、
  最後のひとつにいたるまで、
  無限に、
  廃棄し、棄却し、
  抹消し、消去し、
  破壊し、分解し、
  解体し、廃絶し、
  根絶して、
  自分でたたかう。
d0017381_18304430.jpg
 The Avant-Garde Article No.9. (engilish version)
  We, All people living in England,
  renounce belligence by the nation,
  as a sovereign right of the nation.
  Wholly!
  Absolutely!
  Radically!
  We are not
  privy to whatsoever,
  no matter what
  anyone tells us.
  We are,
  not to leave behind
  any kind of w-a-r (by nation).
  not to accept
  any variety of w-a-r (by group).
  not to allow
  any exception of w-a-r (by mass).
  Forever more.
  Right until
  the last moment,
  the last minute,
  the very end of
  the last molecule,
  We scrap,
  We dismiss,
  We scratch,
  We eliminate,
  We break up,
  We abolish,
  We eradicate the
  W-A-R.
  And
  Let us fight on our own life.
-------------------------------------
[アンテルナシオナル版]
 L'Articolo No.9 Di Avant-Garde. (versione italiana),
 L'Article No.9 D'Avant-Garde. (version francaise)
 El Arti'culo No.9 De Avant-Garde. (versio'n espan~ola)
 Der Artikel No.9 Avant-Garde. (deutsche version)
 O Artigo No.9 De Avant-Garde. (versao de Portugues)
--------------------------------------
[ポエトリーリーディング音源](試聴可)
イタリア語版 / ドイツ語版 / 英語版
--------------------------------------
[バックトラック] L・V・B作曲 「囚人の合唱」(歌劇「フィデリオ」より)

d0017381_1011180.jpg
[マニフェスト]
帝国はただひとつの
グローバルを想像するが、
前衛はいつでもどこでも
トランスナショナルな複数の
世界を想像することをやめない。
そして、どの国にも前衛がいる。


国家はポジとしてその旗をもつが、前衛はネガとしてその旗から
たくさんの他の旗をつくり、それらを縫いあわせる。
帝国は安泰と戦争を望むが、前衛は変化と対話を望み、
夜から朝にかけて働く(だからいつも忙しい)。
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by illcommonz | 2005-11-16 00:58
▼ 「闇、に、つ、い、て」 消失しました
「ビーグッドカフェ芸術論 闇、に、つ、い、て」
11月20日(日)に開催予定だった上記のイベントに向けて
下記のようなスクリプトと展示を用意していたのですが、
諸般の事情でイベントそのものが「消失」しましたので、
これはいずれまたの他の機会に。

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d0017381_13182018.jpgイルコモンズ脚本
ジ・アフターダーク・シアター
Rebirth of A Nation?
Reverse of A Nation?
第一幕


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¶ ライトモチーフ
映画の原理とは、光に向かい、その光で、私たちの
闇を照らすこと。映画は私たちの音楽である(JLG)
¶ コンセプト 
「バ  ング  ント」展で消失したはずの「 が 」の
旋律が 「 の 」の写像と共に 「悪い 所」に、
再生(rebirth =リバース)してくるのを、
逆転(reverse=リバース)させるための愛の劇場
¶ Jの映像
Jean Genet "Un Chant D'Amour"
ジャン・ジュネ「愛の歌」(1950年)
¶ Jの字幕
「国だ、国家だ、なんて云うけど、国家ほど
愛される者とかけはなれたものはないのよ。
国家と愛の気高さとは、対極にあるのよ」
Jean-Luc Godard "Eloge de L'Amour"
ジャン=リュック・ゴダール「愛の世紀」(2001年)
¶ マッシュアップ映像
「 の 」*ネガポジ位相反転
¶ マッシュアップ音源
「 が 」*4RPMスロー再生
¶ 参考作品
DJスプーキー「国家の再創生 Rebirth of a Nation」
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by illcommonz | 2005-11-15 13:29
▼「アザーミュージック」終了しました
おかげさまで、ちいさな盛況のうちに
「イルコモンズがとことんゴダールを語る」は終了しました。
「とことん」ではなく「とんとことん」とゴダールの映画について、
自由気ままに話すことができ、しかも配給会社さんのご厚意で、
イルコモンズが勝手に/自由に編集した各種ショート・ムービーも
上映試写することができ、とても有意義な実験になりました。

ゴダールは、「映画史3A」の「絶対の貨幣」のなかで、「戦後のイタリア映画が
奇跡の復興を遂げたのは、ダンテのことばがはじめて目に見える動く映像を
通過したからだ」
と論じてますが、今回の「アワーミュージック」が素晴しいのは、
そのダンテの作品(「神曲」)が、はじめてゴダールの映像と音を通過したからで、
「アワーミュージックは新たな戦争の時代によみがえったイタリア映画である」
ということや、ゴダールにとっての理想的な「切り返し/コントールシャン」とは
なにかについて、実際に切り返しショットのモンタージュ映像を交えながら
話せたのが今回の収穫でした。もう少し時間があれば、「デジタルカメラは
映画を救えるか」という問いにゴダールが沈黙した理由や「映画は世界を
救えるか」という別のインタビューへの問いに対するゴダールの応対について、
「カメラアイ」や「JLG/自画像」を引用しながら話してみたかったのですが、
それはまたいずれ機会があれば、と思ってます。

d0017381_92034100.jpg
「映画がつくることのできる"地上にひとつの切りむすびの場所"」
[左] 「ジャンヌとナナとオルガの切りむすび」
[右] 「廃墟の中でのネイティヴ・アメリカンとパレスチナの少女の切りむすび」
「そろそろ同世代の我々が出会うべき時では?同じ地上に生きるよそ者同士として」
(「アワーミュージック」より)
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d0017381_23534583.jpg#以下、当日上映試写したショート・ムービーの
セットアップリストです。

イルコモンズ編
「アワーミュージック予告篇」(50秒)
「裁かれざるモンタージュ」(3分11秒)
「ゴダール出演/映画史」(8分48秒)
「〈映画史4B〉のなかのアワーミュージック」(2分14秒)
「アザーミュージック」(6分11秒)
「切りさきジャン〈と〉つなぎ屋リュック」(8分15秒)
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#以下、当日上映試写できなかったショート・ムービーのセットアップリストです。
イルコモンズ編
「さらば、老いたる海よ 二篇」(8分22秒)
「第二、第三の、映画をつくること」(4分35秒)
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#以下、当日、会場で流した音楽のセットアップリストです。
イルコモンズ編
「映像のないJLGのサウンドトラック」(10分12秒)
.....................................................................................
このうち、いくつかのムービーについては、配給会社さんと協議のうえ、
WEB上で公開できるものについては公開します。公開できないもの
については、家庭内での使用、もしくは、研究・学習・教育・批評を
目的としたフェアユースの使用に限り、無償で提供いたします。

なお、当日の講演の内容は、いずれ公式サイトにアップされる予定ですが、
エドワード・サイードを引用した「ゴダールの晩年のスタイル」についての話は、
「図書新聞」にも原稿を書く予定です。

あと、ダーウィシュの詩とゴダールの映像とベートーヴェンの弦楽四重奏を
マッシュアップしたポエトリーリーディングの実験は、予想していたよりも、
うまくいきましたので、このライヴ映像については、いずれムービーに編集して
WEB上で公開する予定です。
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[追記1] 当日の講演については公式サイトのBBSにレヴューがあります。
▲「アワーミュージック」公式サイトBBS
[追記2]ほかにも原田企画さんがブログにレヴューを書いてくださってます。
▲原田企画 Letter from H
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by illcommonz | 2005-11-14 09:11
▼「ふつうサミット」終了しました
d0017381_9425074.jpgおかげさまで、小さな盛況のうちに
「昭和40年会 presents 七人の小侍+1」
シンポジウム「ふつうサミット~未来へ」終了しました。

当日は、アーティストの岡田裕子さんやふつう研究所の
研究所員も議論に加わり、この手のイベントにしては
めずらしく、ゆるくない、熱のこもった討議が行われました。
当日の模様についてはいずれ「美術手帖」あたりで、
レポートがあると思います。
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by illcommonz | 2005-11-11 09:29