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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼戦争の霊場―万博とオリンピックを毎年やる(後篇)
(つづき)

そして、いよいよここからが本題なのですが、実はこのシンポジウムで
あえて話さなかったことがひとつあります。考えはかたまっていたので、
別に話してもよかったのですが、実は、ある出版社から、建築批評家の
五十嵐(太郎)さんと共同監修で万博の本をつくりませんかという話を
もらってたので、その本の柱(はしら)にするためにとっておいたので
すが、その後、その出版社からぱったり連絡が途絶え、出版計画が流れ
てしまったので、この機会に忘れないように書いておきます。

d0017381_1156683.jpg「見よ ぼくら 四人称複数 イルコモンズの旗」
『現代思想』03年3月号青土社 (→WEB版)

「さよなら万博」
『10+1』36号/2004年夏号 INAX出版

「空間空転空歩不自然下調合不配合グラグラ
バラバラのわるい戦記が書かれ、今日また
新たな万博が開幕する」
『文擧界』2005年5月号

上記のように、万博については、これまでいろんなところで、いろんなこと
を書いてきました。論調は、おおむね批判的ですが、これほど何度も、
万博について書くのはやはり「大阪万博に行きたかったのに連れて行って
もらえなかった」という無念の思いと、国家や資本が先導してやる祭典
(オリンピックも含む)は嫌いだけど、万国博がみせてくれる変なものや
おかしなもの(太陽の塔、電子音楽、現代建築、メディアアート)は好き
というアンヴヴァレントな感情があったからだと思います。それでもなお
万博に対して批判的にならざる得ない理由は、江藤淳が見抜いていた通り、
万博が僕らを「消費の奴隷」や「スペクタクル中毒者」に"家畜化"する
場だと思うからです。1970年に江藤淳はこう書いてます。

万博とは巨大な遊園地であるが、同時に人間動物園であることを私は
悟らざるを得なかった。見物人はもちろん放し飼いの動物である。
各国のパヴィリオンはいうまでもなく檻であり、そこに行くと、
いろいろ毛色の変ったのが実地に見物できる。人をもってこれを
みたせば、千里丘陵は巨大な国民教育の場とならざるを得ない。
政府のねらいはここにあったのかも知れない。いながらにして
五千万人に一種の国際的経験を味わせ、資本の自由化の予行演習を
させること。


ほかにも万博には「カモフラージュ」の装置としての機能もあり、
特に昭和45年の大阪万博は、その同じ年に自動延長/更新された
「日米安保条約」の問題から国民の関心をそらさせ、思考停止に
させるスペクタクル爆弾としての側面もありました。これについては、
赤瀬川(原平)さんが『美術手帖』にこんな作品を残しています。

d0017381_1152891.jpg
赤瀬川原平
「万国博跡地利用の提案」
1970年


万博撤去の跡地に万博を建造する



万博撤去の跡地に万博を建造する



万博撤去の跡地に万博を建造する


以上、安保改定のたびに行う。

あともうひとつは「野生の近代」のシンポジウムでもふれてたように、
万博が、一皮むけば、戦争にも匹敵するようなスクラップ・アンド・
ビルド・ダウンの国家的デモンストレーション(演習)であり、とりわけ、
「敗戦国」にとっては国威を示す「戦争の代用品」であるということが
あります。『戦争論』を書いたクラウゼビッツの「戦争は別の手段を
もってする政治の継続である」をもじって云えば「万博は別の手段を
もってする戦争の継続である」と思うわけです。実際のところ、巨額の
国家予算を投じて、「国家総動員体制」で行われる万博には、戦争の
影や亡霊のようなものがさまよっているのが感じられ、それに嫌悪感
や警戒感をおぼえるわけです。いいかえれば、戦争を放棄した国が
いまだに戦争への未練や野望を断ち切れずに、その戦争の代用品
として万博をやってるような感じがしてイヤなわけです。ところが、
ここにきて、その戦争を放棄したはずの国が「戦争の代用品」では
ついに飽き足らなくなったらしく、「代用品」ではない「本当の戦争」が
できる国」にしようと画策しています。有事法制を整備し、イラクの
戦場に自衛隊を派遣し、次は「敵基地攻撃だ」(←ばか!)なんて
云いはじめてます。そんなの、とんでもない話で、そんなことになる
くらいなら、戦争の代用品としての万博をやってくれてた方がずっと
ましだと考え、それで五十嵐さんと相談して、「戦争よりも万博を!」
というのをコンセプトにした万博の本をつくろうとしてたのですが、
残念ながらその企画はつぶれてしまいました。企画こそつぶれまし
たが、いまでもその考えは変わってませんし、ここにきてますます、
その思いが強くなってきています。本当に「戦争よりも万博を!」と
思います。冗談ぬきで、戦争ができる国になられたりしては困るので、
「安保改定のたび」ではなく、これから毎年、万博を日本で開催し、
その費用は防衛費を大幅にカットしてそこから捻出するというのは
どうかと思います。環境に配慮した、こないだの愛知博なんかより
ずっと巨大で、あからさまなくらい、破壊的なスケールの「ザ・万博」を
毎年やる。岡本太郎がいうような「ベラボーな祭」を毎年やる。

d0017381_12145617.jpg国家予算が空っぽになり、国がかたむくくらいの
「蕩尽」を毎年やる。当然、入場料は無料で、
交通費も全額すべて国家が負担する。祭のときは
なにかと治安が乱れるので自衛隊が国民を家から
会場まで安全に護衛する。もちろん海外からの
観光客たちも自衛隊専用旅客機で日本まで安全に
護送する。そうやって自衛隊を24時間365日使う。


それでもまだ戦争をする余力がある場合は、4年に1度の
オリンピックを毎年、日本で開催する。夏も冬も開催する。
なんなら春も秋もやってもいい(*ただし石原慎太郎が
都知事のあいだは東京ではやらない、どうせまた開会式で
ろくでもないことを云うにきまってるから)。IOCが何と云おうが、
単独行動主義で、「毎年オリンピック」を日本で独自開催する。
そこでは「ピロー・ファイト」をオリンピックの公式種目として認定し、
イスラエル、パレスチナ、アフガン、イラク、そしてUSの選手に
好きなだけ「まくら」で殴り合ってもらう。もともとオリンピック
だって戦争の代用品なのだから、こっそりやらずに堂々とやる。
もちろん、リアルファイトにならないように自衛隊が競技の安全を
確保する・・・

d0017381_12164133.jpg・・・というような「二十一世紀のあかるい未来」を
描きなおしてみせる寓話的な万博の本があったら
おもしろいだろうな、と思うのですが、どうでしょうね。
本のタイトルは「さよなら万博」ではなく、「さよなら戦争、
こんにちは万博」という感じでしょうかね。ともあれ、
イラクに派遣されてた自衛隊も帰ってきたことだし、
いっそのこと憲法を改正して、毎年、万博をやる国
にしては、どうかと思うのですが。
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by illcommonz | 2006-07-26 12:12
▼戦争の霊場―万博とオリンピックを毎年やる(前篇)
d0017381_14235964.jpg
同じく、以前、このブログで紹介した
国立国際美術館のシンポジウムでの
イルコモンズのプレゼンテーション
発言が掲載された、この「記録集」も
刷りあがってきました。

国立国際美術館編
「野生の近代 再考-戦後日本美術史」

【執筆者】 (敬称略・あいうえお順)
浅田彰、イルコモンズ(小田マサノリ) 
尾崎信一郎、尾崎眞人、黒田雷児、
椹木野衣、島敦彦、高島直之、建畠哲、
千葉成夫、中井康之、中原佑介、林道郎、
針生一郎、平芳幸浩、正木基、光田由里、
李美那ほか


[上写真] モダニズムのレイアウト
.................................................................................
イルコモンズがプレゼンと発言をしたのは、11月4日第一部の
「大阪万博:前衛の滝壷」のセッションです。この時もそうでしたが、
こういう真面目なシンポジウムで、イルコモンズの持ち時間として
もらえるのは、だいたい10分くらいのもので、よせばいいのに、
その短い時間のなかで参考映像を流すので、いつも発言の
時間がなくなります。で、後からそれが、こういう「記録集」に
なったとき、映像を流した部分はどうなるかというと、著作権
その他の問題で、こうなります。

(映像上映)

無論そうなることは百も承知で、公式記録に残らない・残りにくい、
報われない作業をこっそりやるのがイルコモンズの秘かな愉しみで、
この本には記録されてませんが、椹木野衣氏の基調講演のバックで
パワーポイントを使った20分くらいのスライドショーをやった記憶が
あります。それはさておき、このシンポジウムのとき、とりあえず、
「これだけはちゃんと云って帰って来よう」と思ってたことがふたつ
あって、そこは今回の公式記録集にも発言記録として残ってたので、
以下にその部分のみを抜粋します。
.................................................................................

d0017381_1633396.jpg【野生の近代のなかの最も野性的な部分】

「今回のシンポジウムの総合タイトルは、
「野生の近代」ということになってますが、
まさに「万博」というのは「モダニズム」の
最たるもので、そこで強力に作動している
モダニズムの原理のひとつは何かというと
「スクラップ・アンド・ビルド」だと思うんです。
とにかく、つくっては壊し、壊してはつくる。
その反復のなかに進歩がある、というような
ところがあります。大阪万博というのは、
椹木さんの基調講演のバックでスライドを
使ってお見せしましたように、それが非常にスケールの大きなものであっただけに、それが
終わった後には非常に巨大なスケールの廃墟、まるで、戦争のあとのような風景をつくり
だしたわけです。それを改めて眺めてみると、この「スクラップ・アンド・ビルド」というのが
おそらく「野生の近代」のなかでも最も「野性的な部分」ではないかと思い、それをモチーフ
にして編集したのが先ほどのヴィデオクリップです。」
『野生の近代 再考 戦後日本美術史』121-122頁

d0017381_16355990.jpg【万博は戦争の霊場である】

「今日、ここで言ってみたいことは、「万博は戦争の霊場
である」ということです。先ほどお話しましたように、万博
についてはもうすでに多くのことがいわれてしまっていて、
ヴァルターベンヤミンは「万国博というのは商品の巡礼地
である」と言っています。「霊場」というメタファーはそれを
言い換えたもので、つまり、どういうことかというと、戦争に
負けて敗戦国となり、戦争を放棄した日本の「国家の欲望」
として、戦争をやりたい、あるいはそれに代わるものをやり
たい、という欲望があって、その国家の情念のようなものが
万博のなかをさまよっている。さらにいえば、本来ならば、
一九四〇年に開催されるはずだった皇紀二六〇〇年博覧会、
それを中止せざるを得なかった、その無念の思いのようなものがさまよっている。つまり、
一九七〇年の大阪万博は、去勢された国家の欲望や中絶された国家の大願が亡霊の
ようにさまよう霊場である。これが今日ここでぜひお話してみたいと思ったことです」
『野生の近代 再考 戦後日本美術史』122-123頁
...................................................................................

というように、イルコモンズにしてはめずらしく、真面目なことを話していて、上記のとおり、
これが、いわゆる「学術的な研究」であるということが、およそ証明できたと思いますので、
このとき「学術的参考映像」として上映したビデオクリップをここにアップします。たぶん、
これはフェアユースだと思いますが、ちがっていたら、連絡してください。

d0017381_16491586.jpgイルコモンズ編 (2005年)
「万博は戦争の霊場である」
カラー/シネマスコープ 2分01秒
mpg形式 82.7MB

「日本万国博公式記録映画」よりカットアップ
*学術目的のフェアユース
...................................................................................
この映像は「野生の近代の最も野性的な部分」である「スクラップ・アンド・ビルド」の
原理をぎゅっと圧縮し、わかりやすくモンタージュしてみたものです。これをみると、
万博というものが、近代国家による「スクラップ・アンド・ビルド・ダウン」の一大デモ
ンストレーション(非実弾演習)であり、破壊と廃棄のスペクタクル・エンターテイメント
だということが分かると思います。

次に、万博が「戦争の霊場」であるという点に関しては、2002年に大阪と横浜で
やったアーカイブ展示(「EXPOSE2002」)とその展示のためにつくった長大な
サウンドトラックがありますので、興味のある方は、ぜひそちらをどうぞ。

【展示】 「夢の彼方で死産した未来と日本万国博覧会
非公式資料のための地下収蔵庫広場(クリプテーク)」


【音楽】組曲「万博のためのレクイエム~地下収蔵庫のためのサウンドトラック」

第一番「さよなら万博・ポリティカルステレオミックス*」(1時間1分45秒 MP3 56.5MB)
(*この曲も「EXPOSE2002」展の公式カタログにはクレジットされてませんが、
クリプテークと名づけた万博の非公式アーカイブのなかで、毎日、ループ再生
してたものです。混合成分としては、ブライヤーズが3つにケージがひとつ、
そのほか太郎と天皇(家)と三島と佐藤とフォークゲリラとインターナショナルと
ラジオとテレビと時報と電電公社と目玉男と、右も左もみんなまとめてステレオ
状態でポリティカル・ミックスされてます。いわば、これは「人類の(時間的)進化と
周波数調整」のポリティカル・ランドスケープ音楽です。なお、いちばん最後に
シークレット・トラックがはいってますので、それもお聞きのがしなく)。

第二番「さよなら万博・煉獄のモダン焼きミックス」(4分11秒 MP3 3.83MB)
第三番「さよなら万博・天使の悲しきミックス」(6分10秒 MP3 5.66MB)

【論考】 イルコモンズ「さよなら万博」『10+1』36号/2004年夏号 INAX出版

(おまけ) 「人類の進歩とタコヤキとヤキイモ」 *「日本・現代・美術・沈没」展(00年)より

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(後篇につづく)
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by illcommonz | 2006-07-25 14:26
▼の本はほんとうにい
d0017381_13432457.jpg

同じく、以前、このブログで予告した
このブックレットも刷りあがったようです。
ABC「この本はほんとうにいい! 鞄の中の一冊」

イルコモンズは、「日本の子ども60年」(新潮社)の
リコメンを書いてます。

全文はここで読めます
「▼見よ、ぼくら、二〇世紀の子どもたち」

...........................................................................................
今年の執筆者は次のとおりです。

【執筆者】 *一部抜粋 (敬称略・あいうえお順) 
青木淳 石川直樹 伊東豊雄 イルコモンズ 大竹昭子 大橋歩 大橋仁 沖野修也 
角田光代 笠井叡 春日聡 川内倫子 川勝正幸 切通理作 久家靖秀 工藤キキ 
小沼純一 小山薫堂 佐々木敦 佐内正史 島尾伸三 辛酸なめ子 管啓次郎 
鈴木一誌 祖父江慎 大日本タイポ組合 高橋真琴 田名網敬一 谷川俊太郎 永江朗 
中川ちえ 西島大介 ハービー山口 蓮實重彦 八谷和彦 原研哉 ピーター・バラカン 
日比野克彦 松浦弥太郎 南泰裕 MOTOKO

このブックレットは、もうじき東京・青山のABC本店ほかで「無料配布」されると思います。
ブックフェスは8/19からです。
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by illcommonz | 2006-07-25 13:49
▼「ぶたに真珠、都知事にカルチェ」(抜粋)
d0017381_12353033.jpg以前、このブログで
予告したこの原稿
〆切日だったので、
昨晩、書いて、今朝、
編集者に渡しました。
展覧会はもうとっくに
終わってるし、いまは
レバノン戦争の動向と
その終結にむけての
対話と理解が重要で、
無用な争いはもううん
ざりなので、そういう
姿勢で書きました。

掲載紙は「図書新聞」、発売日は今週の土曜日です。この書評紙は、販売価格
(たしか240円)のある商業出版物で、いま、ここに全文を載せるのは、渡世の
仁義に反するので、ここでは、発売前の「予告篇」として本文の一部のみを抜粋し、
著者に無断で掲載します。次の号が出て、店頭から消えたら、全文を載せます。

---------------------------------------------------------------------------

東京都現代美術館「カルティエ現代美術財団コレクション展」
「ぶたに真珠、都知事にカルチェ~レバノン戦争に面して」
(文=イルコモンズ)

●レバノンで戦争がはじまったね。イスラエル機甲師団が南レバノンの国境線を越えて
レバノン侵攻を開始したそうだ。ベイルート郊外への本格的空爆もはじまったらしい。
■南レバノンの国境地帯というと、映画「ラミアと白い凧」の舞台になった土地で、
ベイルートの郊外にはアルマン・フェルナンデスが、がらくたになった戦車をつみあげて
つくった「平和への希望」という巨大なモニュメントがあるんだけど、そこがまた戦場に
なってしまうわけだね。
●本来なら今回は、東京都現代美術館の「カルティエ現代美術財団コレクション」展に
ついて、同展のオープニングセレモニーで、同展を「がらくたばっかりで、見るべきものが
ない」とけなした石原慎太郎東京都知事(以下都知事)に対して異議申し立てをするつもり
だったけど、すっかりその気も失せてしまったね。
■それは同感だけど、でも、こういう時こそ、戦場から遠く離れたところにいる僕らにできる
ことは、自分のなかにレバノンをつくることで、そこで云うべきことをきっちり云っておくこと
じゃないか。
●それだったら「ぶたに真珠、都知事にカルチェ」というタイトルで十分だよ。つまり、あの
コレクションに見るべきものがないのではなく、都知事に見る目がないだけの話で、現に
僕が見に行った時は行列ができるほどの盛況ぶりだったし、僕の目にはどれもこれも
面白くてたまらかった。
■まぁね、これまで、銀座の街に装甲車を走らせたり、あれやこれやの差別的発言で、
さんざん人の感情を逆なでしてきた都知事だから、君がそういう感情的反発をしたくなる
気持ちも分かるけど、でも、どうだろう、レバノンで戦争がはじまってしまったいま、僕らに
求められているのは、美意識や価値観を共有しない他者に対する想像力と、立場の
ちがいを超えた理解の試みで、おそらくいつも以上にそれが求められているように
思うんだ。そこで今回は、都知事の挑発にのらずに、どうせわかりあえないことは、
端から承知の上で、オッペンハイムのあの気の遠くなるような長い長いテーブル(図参照)
についたつもりになって、具体的に、どの作品のどこが、都知事の気に喰わなかったのか
を考えてみるのはどうかと思うんだ。(中略)

【飛ばない飛行機と使えない監視艇】
d0017381_1373949.jpg■特に、パナマレンコなんて、
こう云ってるくらいだからね。

「これが機能すれば奇跡だが、
機能しなければ、より完璧だ」


●ははは、それは傑作だね。
■そこが、都知事の癪のタネなのさ。(中略)

【サラ・ジー「立ちあがるものは必ず萎縮する」】
■何かあるたびに「ひるむな、たちあがれ」という都知事は、さぞやカチンときただろうね。
●そう考えると、だんだん都知事が気の毒になってきたよ。(中略)

d0017381_13125977.gif【太陽の季節とボクシング】
■あれも「男らしさ」や「勇敢さ」や「勝利」を美徳と考える都知事には、
「見たくもないもの」だっただろうね。
●いやはや、まったく気の毒だ。なんだか、だんだん
都知事の内心が理解できてきた気がする。(中略)


【マイノリティーのブルース】
■そういう作品に都知事は「みるべきものがない」と感じるのだろうか。
●もしそうなら、その鈍感さは、気の毒な気がしてくるね。「太陽族」の
生みの父とはとても思えないな。
(中略)

【「俺はきみのために死に行く」を見に行くか】
●僕は、戦争好きの男たちと国家は大嫌いだけど、女と子供たちは好きだからね。
それにいまは、レバノンで「いま、起きてること」の方が気がかりで、現代美術は、
これにどうNOをつきつけるのか、元・現代美術家としてはそのことの方が気になる。
(以上)

[文中で言及した作品]
○デニス・オッペンハイム「テーブル・ピース」
○アルマンフェル・ナンデス「ホープ・フォー・ピース」
○マーク・ニューソン「ケルヴィン40」
○パナマレンコ「パナマ、ノヴァ・ゼンブラヤ」
○ジェームス・コールマン「ボクス」
○サラ・ジー「たちあがるものは必ず萎縮する」
○ナン・ゴールディン「性的依存症のバラッド」
○クラウディア・アンデュジャール「アイデンティティ」
○アルタヴァスト・ペレシャン「我々の世紀」
○石原慎太郎「太陽の季節」
○石原慎太郎「俺は君のために死にに行く」

--------------------------------------------------------------------------------
この原稿ではとりあげられませんでしたが、このほかに同展では、ウィリアム・
ケントリッジのアニメーション作品「ステレオスコープ」と、アドリアナ・バレジョン
のインスタレーション作品「ラパの麗人」がよかったです。ケントリッジの作品は、
最後にものすごい量の青い涙が目から流れおちるシーンが泣けました。バレ
ジョンの作品は、国立近代美術館の「ブラジル・ノスタルジア」展でみたものより
スケールが大きく、ブラジルの歴史の裂け目に圧倒されました。結論として、
いいコレクションだと思います。都知事のように「解説がないと分からないような
作品はきらいだ」なんてことを堂々と人前で云えるのは、はっきりいって、テレビの
見すぎです。スペクタクル社会依存症です。自分の頭を使いましょう>都知事
(都民より)
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by illcommonz | 2006-07-25 13:16
▼ヘブライ語とアラビア語
d0017381_11253322.jpg

で、なんと云うのかわかりませんが、
(英語と仏語でもわかりませんが)
いまの気分を正確にトレースできる
ことばがひとつあるとすればこれです。

「も・う・い・い・か・げ・ん・に・し・て・く・れ」




いま、この惑星にもモヤモヤとたちこめている
この共有可能な気分とことばを正確に翻訳し、
なおかつ広範囲に伝染させる宣伝広告が
いま求められています。イマジンよりも、
もっとストレートに伝わる表現を世界に。
イラク戦争のときは、まだ YouTubeも
mixi も blog もなかったけど、いまは、
それが、ある。

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by illcommonz | 2006-07-24 11:23
▼真夏のステーツメント
d0017381_2354141.jpg上半身はだかで、黒いチューリップハットに、
黒メガネをかけた、jocavc 氏のストレートで、
シンプルな裸のステーツメントが、いま静かな
反響を呼んでいるようで、これに対するレス
ポンスのヴィデオもアップされてるようです。

"Lets Ask for Peace in the Middle East!"

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彼が何度も口にする「僕にはわからない、でも、、」というところが、
共感をよんでるのかもしれません(誰だってそうですから)。もし、
これが声も映像もない、ただの文章だったら、これほどの反響は
なかったでしょうし、なにより、裸で語る姿が不思議な説得力を
もっていて、どこそこの国の、どこそこに住む~人ではなく、
ニンゲン=ヒトが話してるような印象をうけました。

ところで反戦と平和の歌というと、いまだにJ・レノンの「イマジン」が
定番になってますが、正直云って、あの曲はあまり好きではありま
せん。たしかにあの曲が書かれた当時は、カウンター・ムーヴメント
がゆきづまりをみせ、いろんなものがやたらと破壊的になってたので、
ああいう癒し系のものが求められたのだと思いますが、あの曲の
持つダウナー感はどうも苦手で、あの曲がかかってる場所で語られる
愛と平和にはどうしてもなじめなくて、ついつい、愛と平和ということばを
口にするのを、ためらいそうになりますが、そんな時は、コステロの
この歌を思い出して、気をとりなおすことにしてます。

エルビス・コステロ&ジ・アトラクションズ
「平和と愛と理解のなにがそんなにおかしいんだ?」
(What's so funny 'bout) Peace, Love and Understanding

人をすわりこませるようなイマジンよりも、へこたれた気分をもういっぺん、
正面に向きなおさせるドライヴ感のある、こういうストレートでポジティヴな
愛と平和と理解のうたの方が性に合ってるようです。それにレノンだって、
もう少し長生きできたら、たぶん「イマジンをかけるのは、もうやめてくれ」
と云ったと思います。なにせ七〇年代の初頭に「これからはレゲェだぜ、
イエー」なんて云ってた筋金入りのロッカーでしたから。
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by illcommonz | 2006-07-23 23:15
▼レバノン映画 「ラミアと白い凧」
d0017381_15451679.jpg
イルコモンズ・チャンネル緊急特別番組
Randa Chahal Sabag 監督「ラミアと白い凧 Le Cerf Volant」
レバノン/フランス合作映画 カラー 80分 2003年
音楽:Souad Massi Raoui ベネチア国際映画祭銀獅子賞
Le Cerf Volant.(YouTubeより)

イスラエルとの国境地帯にある、南レバノンの小さな村での物語。
凧遊びをしていた少女・ラミアの凧が国境を越えて、鉄条門の
向こう側に飛んでいってしまったことから、この物語ははじまる。
ラミアは監視兵の若者と恋におちるが、やがて望まない結婚で
イスラエル占領地の花嫁となったラミアは、ある日、意を決し、
自らの命を賭して、国境の監視塔にむかう....そして、それから
3年後の、いま、この物語の舞台が空爆され、イスラエル軍が
侵攻を開始している。ニュースを読んでも、映像をみても、
音楽をきいても、それでもまだ、想像力がはたらかないときは、
映画をみるとよい。「物語」には想像力を動かす力があるから。

*予告篇(mov 英語字幕つき)
*公式サイト(フランス語) *抜粋映像あり

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「イスラエル部隊、レバノン南部の2村に侵攻 作戦本格化」
イスラエル軍は22日、イスラム教シーア派民兵組織ヒズボラを掃討するため
レバノン南部の村落2カ所の周辺に陸上部隊で侵攻したことを確認した。AFP
通信が伝えた。国境付近に集結中の数千人規模の同軍部隊の一部が国境を
越え、レバノン領内に移動中との情報もある。だが、同軍は「現時点で大規模な
陸上部隊の投入は考えていない」と説明、レバノン南部に展開中の小規模な
部隊が作戦を本格化しているものとみられる。(毎日新聞 7月22日 20:10)
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[追記] "Over the Rainbow" のなかで聞こえていた警報の音によく似た音を
つい最近、どこかで聞いたおぼえがあると思ってたら、この映画で、鉄条門越しに
赤ん坊を手渡すシーンのバックで流れてる歌でした。
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by illcommonz | 2006-07-23 15:59
▼ベイルートの平和の要塞
d0017381_1558203.jpgこれは今から2年くらい前に
仕事でつくったポスターです。
これはヌーヴォー・レアリスムの
作家アルマン・フェルナンデスが
レバノン政府から委託されて制作
した「Hope for Peace」という
パブリック・アートの彫刻作品で、
がらくた(piece)になった83台の
戦車と装甲車をコラージュして
つくった巨大なモニュメントです。
ベイルート郊外にある、この
平和の砦が今回の空爆で破壊
されてないかどうか心配です。
あと、これも仕事で、ベイルート
市内にある Japan Center for
Middle Eastern Studies の
ロゴマーク・デザインをやったの
ですが、そのマークも、今回の
空爆で爆撃されたかもしれません。
マークはまたつくりなおせばいい
けど、もう、つくりなおせないもの
のことを想像すると腹が立ちます。
空爆された子ども
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by illcommonz | 2006-07-22 16:05
▼いつか、この窓の向こうでも...
d0017381_21301757.jpg
「いつか、この窓の向こうでも」(SOMEDAY OVER THE WINDOW)
B/W MONO 5分55秒 (feat. Keith Jarrett)
.........................................................................................................
A REQUIEM for the Lebanese. Tele-Sympathetic Mash-Up of Two Vidz
("Keith Jarrett - Over the Rainbow" & "War on Lebanon, July 16, 2006")
on YouTube. It's an experiment of "Echographies dela television
(Jacques Derrida)" on alternative television; YouTube.
...........................................................................................................
「イスラエル軍、レバノン爆撃続行 ハイファに着弾、10人負傷」
イスラエル空軍は20日夜から21日未明にかけてレバノン南部で爆撃を続行、
イスラム教シーア派武装組織ヒズボラの拠点5カ所など計40カ所以上を攻撃
した。一方、イスラエル北部の港湾都市ハイファには、21日もヒズボラが発射
したロケット弾数発が着弾、10人が負傷した。イスラエル軍幹部は21日、ハイ
ファ市内で記者会見し、これまでにレバノン国内の標的1500カ所を攻撃した
ことを明らかにした。民間人に多数の死傷者が出ていることについて、ロケット
弾などが民家や学校に保管されているとし、攻撃前に住民に退避を呼び掛け
ていると弁明した。(時事通信社7月21日 21:00)

「レバノン攻撃、被災者は50万人…国連」
国連人道問題調整事務所(OCHA)は21日、イスラエル軍による攻撃が続く
レバノンで、家屋を失うなどした被災者が計約50万人に上る可能性があるとの
推計を発表した。このうち、学校などに設けられた仮設避難所で避難生活を
送る人は約6万6500人。シリア国境のベカー高原では約3万人が家を追われ、
多くは親類宅に身を寄せている。
(読売新聞 2006年7月22日12時4分)
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by illcommonz | 2006-07-21 21:40
▼SOMEDAY OVER THE WINDOW
d0017381_1547362.jpg
・Keith Jarrett "(Somewhere) Over the Rainbow"
・Unknown "War on Lebanon, July 16, 2006"
 *ふたつ一緒にみてください。何度もくりかえし、見てください。

いつか、「虹の彼方」でも、「海のむこう」でもなく、東京の自分の家の窓ごしに、
こういう光景を目にすることになるのかもしれない。CNNのレポートでもなく、
ABCのニュースでもなく、アルジャジーラのヴィデオですらない、数キロ先の
出来事として。キース・ジャレットの繊細なピアノのタッチも芸術的な法悦も、
なにもかもすべてかき消すような爆音とともに(それにしても、空爆の静寂の
なかできこえる、あの蟲の音は何なのだろう。。。)。この不気味さを表現する
ことばがみつからないので、ふたつのヴィデオをならべてみることにしました。
死者を弔うヴィデオの祭壇として。
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by illcommonz | 2006-07-21 16:09