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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼Tokyoなんとか商工会パーティー
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「Tokyoなんとかパーティ」
[日時] 2011年12月16日(金)19:00-
[場所] 東京・新宿カフェ・ラバンデリア
 「プロテスト&サヴァイヴでなんとか生き抜いた怒濤の2011年を振り返りながら、皆でわいわい賑やかに過ごしましょう。なんとか界隈で来年やりたいこと/出来ることも、いろいろ見つかることでしょう」

気流舎共同運営への呼びかけ
・「なんとかフェス2011」報告など!

 「ラバンデリアの美味しいお酒/飲み物の他に、ニセ・ビール(発泡酒)を用意します。このニセ・ビールの売上げは「Tokyoなんとか」印刷代になります」
................................

 「Tokyoなんとか」のメンバーである気流舎が「HELP」といっている。以前書いたように「こういうとき、みんなで寄ってたかって「なんとか」してしまう」のが、「Tokyoなんとか」である。自分は田舎のちいさな商店街に生まれ、そこで育った。その商店街は、いまではシャッター通り商店街になってしまったが、まだ商店街がまだそれなりに繁盛していたころにあった、店どうしのつながりのことを覚えている。どこかの店が経営がうまくいってないらしいという話をきくと、その商店街の住人たちはその店で寄ってたかって買物をし、買い支えをした。それが寿司屋のときもあれば、喫茶店のときもあった。そうやって商店街が維持されていた。「Tokyoなんとか」は、東京のいろんな場所にあるDIY系の店がつながってうまれた「ネットワーク型の商工会」のようなものである。いま、その「自分たちでなんとか」するDIYの力がためされている。今年は原発のせいで、冬の開催になってしまったが、来年の夏までにはなんとか原発を全部とめて、思う存分「なんとかフェス」をやりたい。今年の「なんとかフェス」の帰り道、松本くんとその話をずっとしていた。その話のつづきをしたいので、明日はこのパーティにいこうと思う。

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▼気流舎「近況報告」
共同運営へ向けて会議を続けています。
なんとかカタチが見えて来たのかな…。
毎週木曜20時~。ご参加ください。
・年会費一万円の会員を募ろうかと思います。
特製オリジナルTシャツ&会報を贈与。カンパも歓迎。
お財布準備して詳細をお待ちください。
・『tokyoなんとか』が気流舎特集です!
ハーポ部長によるインタビュー、宇宙誕生から連なる気流舎の歴史、
共同運営の呼びかけなど盛りだくさん。なんとかショップでもらってください。
16日はカフェ・ラバンデリアのなんとかパーティで呼びかけします。
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by illcommonz | 2011-12-15 22:58
▼「これらの人たちは既に歴史を変え、今後も変革し続けるだろう」
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「今年の人に「抗議者」=中東民主化デモで存在感-米誌」
 「米誌タイムは14日、恒例の「今年の人」(パーソン・オブ・ザ・イヤー)に、中東で相次ぐ民主化要求デモなどを支えた「プロテスター(抗議者)」を選んだ。同誌の代表はNBCテレビに対し、「これらの人たちは既に歴史を変え、今後も変革し続けるだろう」と指摘。今年は経済格差の是正を訴えるデモもニューヨークから世界に広がるなど、「プロテスター」が存在感を示し続けた」(時事通信 2011年12月15日)

 その「TIMES」の表紙をデザインしたのは、グラフィティ・アーティストのシェパード・フェアリー。一方、日本でも「週刊金曜日」のこの表紙を「素人」がかざった。ひとにぎりの政治家や投資家、起業家やセレブ、リーダーたちが歴史をつくり、世界を変えるような時代はもうとっくに終わったのだ。

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by illcommonz | 2011-12-15 04:04
▼多摩美「野生の思考の研究/野生の生活人類学~アマチュアサイエンスと民間学」


(教材)
・中沢新一「野生の科学とは何か」
・マーク・ボイル「ぼくはお金を使わずに生きることにした」
・ビル・マッキベン「人間の終焉」
・マーク・フラウエンフェルダー「Made by Hand―ポンコツDIYで自分を取り戻す」
・フランクリン・ロペス「END:CIV」
・イルコモンズ「野生のコモンセンス」
・松本哉「貧乏人大反乱:生きにくい世の中と楽しく闘う方法」

 「「野生」という言葉、まずそこから始めよう。「野生の科学研究所」という名称は、フランス語にした場合、微妙な問題が発生する。その表現では「卑猥な科学」という意味になってしまうというのだ。英語の場合もほぼ同様、「野卑な科学」「下品な科学」であるから、この名前は考え直した方がいい、としきりに勧められる。が、言葉こそが現実に立ち向かう唯一の武器であるとすれば、このような時代にはそれにふさわしい程度に剥き出しにしなければならないのではないか。今の私たちの気持ちとしては、これ以上にふさわしい言葉はない。「卑猥な科学」「下品な科学」「野蛮な科学」そういう意味もすべて含めた、新しい人間についての学問を考える、そのための研究所にしたいと思う。私たちがめざす、いわば「野生型」の学問では、知性はつねに世界・自然と一緒に動いていく。たとえば狩猟民が森の中を動きながら動物に接近していくとき、彼らは動物をコントロールすることができない。野生型の学問もまた、対象と同調して深められていくのである。野生型の科学と、家畜型の科学を考えた場合、現在私たちが知っている自然科学は基本的に家畜型の科学ということになるだろう。野生型の学問はルネサンス以降、今に至る長い歴史の中でつねに虐げられてきた。それは未開人の考え方であるとか、前近代的な考え方であるとか、インディアンの考え方であるという烙印を押され、不当に低い価値付けしか与えられない。私たちは、科学というものをもっと豊かで、具体的で、誤解を恐れずに言えば、もっと卑猥なものにつくりかえていかなければいけない」(中沢新一)



 「およそ学者にとって、いちばん安易な道は、自分の学問に一応完結した体系を与えるのに都合のいいように、学問の対象や目的を限定していく方法であろう。私は人生の行路半ばにして迷い込んだ文化人類学という学問になると、当初から、限定された境界や完結した体系などを至難とするほどに、茫漠とした対象領域と性格をもったものではないかと思う。こんなことをいうと、学会の一部から、「いや、それはお前が勝手にそう解釈したり、空想をひろげたりしているだけのことで、この学問には早くから民族学というような名前で限定された対象や目的ははっきりしているではないか。この学問的な伝統からはみ出して、任意に専門分野を拡大していったら、専門というものの純粋性も深さも失われて、単なるアマチュアの教養に堕してしまうばかりだ」という非難をうけることだろう。事実また、私のアカデミックライフは、このような非難にさらされながら、続けられてきたといってもよい。」(石田英一郎)



 「国家とか国境で区切ってこないような、そういう学問をたてられないだろうか。さらにいえば、これまでの学の体系というのは多かれ少なかれ、強者の考え方、強い人たちの考え方を反映しています。先ほどから、女、子どもとかいう言葉、何回もでてまいりましたけれども、そういう風なことから言うとですね、オモテ学に対して、ウラ学というものを立てることができるのじゃないか。最近会った優れた日本史学者によると、この学問では、ケース付きのA版の書物を書かないと、学者として一人前ではないのだそうだ。これはずいぶんと固苦しい自己規定だなと思う。それに学者たちが紀要、研究誌に発表している文章になんと悪文が多いことか。これはほとんど完全に、民衆、読者を無視した態度だ。アカデミズムのありようがこのようなものであるのなら、私はますます反対の方向へ進みたくなる。私の思考の根底には、アカデミズムへの違和感がある。私は、民間学固有の方法など無いと思う。民間学とは、学問を中心とした、おそらく日本特有の、集団行動への批判である。それは思想や知的運動の態度であって、方法の問題ではない。方法の問題として立てると、またまた洗練や抽象の方向へ向かってしまって、せっかくの生きいきした生命力が失われてしまう。民間学は、いくらか野暮ったくあいまいさを残したレベルにとどまった方がよい。それがアカデミズムを批判する、かそけき方法である」(鶴見良行)



 「伝統はわれわれいっぱん素人のものでなければなりません。 特殊な専門家の権威的なおせっかいをすっぱり切りすてるべきです。つまりモーレツに素人であることを決意した人間の手にとりかえさなければならないのです」(岡本太郎)



 「ほぼすべての社会的地位のなかで、実験と発明がいちばん自由にできるのはアマチュアだ。人口に占めるアマチュアの割合は、その社会の自由を正確に測る尺度となる」(フリーマン・ダイソン)



d0017381_2135367.jpg 「四泊五日の「なんとかフェスティヴァル2009」からもどってきたら、気のせいか、ものがよくみえ、耳がよくなってた。気のせいでなければ、あたまもすこしよくなった気がする。どうやら感覚がひらいたらしい。じっくりものをみたり、じっと耳をすましたり、しっかりものを考えるようになった。こどものころ、キャンプから帰ると、「なんだか、たくましくなって帰ってきたね」と、よくそう云われたもので、なるほどそれに似たところもあるが、すこしちがう気もする。おそらくそれは、日ごろ、聞きたくもない音楽や見たくもない広告、知りたくもないニュースや食べたくもないメニューであふれた、アシッドな資本主義の世界で、あたまを狂わさずにサヴァイヴしてゆくため、知らず知らずのうちにOFFにしていた感覚がオープンになり、リヴァイヴしたのだと思う。つまり「サヴァイヴ&アライヴ」の「なんとかフェスティヴァル」は、「リヴァイヴ」のフェスでもあったわけだが、それ以上にまずは「アライヴ」のフェスだったと思う。なにを「生きた」かといえば、もちろん「革命後の世界の暮らし」であり、「金もうけ連中の世話や餌食にならなくて済む生活」であり、「エコ=ECO=END CAPITALISM ORGANICALY=有機的に資本主義を終結させる)」な生活である。それは、朝起きてから朝寝るまで、ひっきりなしに誰かがドラムやギターを鳴らして いたり、昼間からなにもせずただぶらぶらしてたり、夜中に酔っぱらって地面で眠りこんでたりしても、まぁ「なんとか」なってゆく暮らしであり、「なんとか」なりそうにない場面になればなるほど、みんなでよってたかって「なんとか」してしまう、たくましい生活である。そんな「なんとか」ライフをアライヴしたのだから、このフェスに参加した100人はさぞかしみんなたくましくなって帰ったのではないかと思う。こないだ、この「なんとかフェス」をドキュメントした映画「なんとかフェス・ザ・ムービー」をみた。この映画は「革命後の世界」を先につくって 生きてしまった「百人一揆」の記録である。「もうひとつの世界」は可能なだけでなく、もうとっくに生きられはじめている。見よ、呆れよ、そして、おもしろければ、来年、参加したまえ。これが「革命後の世界の暮らし」だ。」(イルコモンズ)



 「いま世の中は確かにひどい。でも「その隙間をぬって、どうやって賢く生きていくのか」という規則の厳しい高校に通う生徒みたいな考え方だけは絶対にしたくない。お目こぼしで生きて納得するような、「優秀な奴隷」ではありたくない。やはり何かを突破したい。そのためには、自分たちの空間は自分たちの手でつくるしかない。日本は先進国で金持ちだから豊かな国だって、みんな勘違いしていると思う。どこが豊かなんだ?全然豊かな国じゃない。むしろ経済的に三流、四流の国になればいいと俺は思っている。日本が世界から相手にされないほど貧乏でマヌケな国になれば、自分たちのことは自分たちでやるという強力なコミュニティが、草の根でつくられていくはず。こういう話はすごくとっぴに聞こえるかもしれないけど、俺はけっこう現実的に考えている。かつての学生運動や左翼運動みちあに、権力をぶっ壊して新しい権力をつくろうという考えの方がずいぶん気のながい話で、現実的ではないと思う。権力を倒さなくても、自分たちのできる範囲で「革命後の世界」をつくる。自分がやりたい生き方のモデルケースを、こっち側から先に提示する。そうやって好きなことを勝手にやる人たちがあちこちで出てくれば、日本はもっともっと面白くなると思う」(松本哉)

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▼「なんとかフェス2011」(長野県・安茂里ジローズ・マウンテン)

 こうした「野生の生活」を構想し、実際に営みはじめた「21世紀の野蛮人」たちが、いま・ここで先取りしてみせているものがある。それは「原発のいらない生活」だ。こうした野蛮人たちに寄り添い、自らもまたそうした野蛮人たちの一人として声をあげ、「電気の奴隷のくに(エレクトリック・スレイヴズ・ランド)」の「原子力に飼いならされた家畜人=アトミックアニマルズ」たちを解放する、そういう野生の学問が必要だと思う。それが自分が考えるアマチュアサイエンスとしての「野生の生活人類学」である。
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by illcommonz | 2011-12-14 21:10
▼多摩美術大学芸術学部講義「M9とレヴェル7のもとでの芸術の発生学」教材一覧

▼「東北地方太平洋沖地震 発生地点・規模・時刻分布図」

 「あたしらは、いまふつうの状態じゃないんだ。ふつうの状態じゃないときに、ふつうのときのやりかたじゃまにあわないんだ」。これは楳図かずおの『漂流教室』から引用したものですが、僕はこのことばが、三・一一以後の世界における表現や文化の出発点になると思うのです。「レヴェル7」はまさに「ふつうではない状態」で、三・一一以後の世界は、この「終わりなき異常な日常」がはてしなく続いてゆく世界です。だとすれば、僕らがそれに対抗するには、様々な場面で、ふつうのときのやりかたをやめ、ふつうじゃないやりかたを新たに発明し、それを試みなければなりません。「想定外」の世界を想定する知性と想像力を持たなければなりません。でも、いまはまだそれがどんなものかは分かりません。おそらくそれは、ひとりの天才やカリスマによってではなく、多くの人たちが共有できる「文化」として集合的に生みだされてくるものだと思います。だから僕は、三月十一日以降、同時代の表現者や生活者たちの言葉や表現をできるかぎり集めてみることにしました。異文化を研究する文化人類学者のように、レヴェル7の世界をフィールドワークしてみることにしました、今はまだカオス状態ですが、いずれはそれらを「結び合わせるパターン」が見つかると思っています。そこで、今日から一年間、僕が担当するこの「芸術の発生学」の講義名を、「M9とレヴェル7のもとでの、芸術の発生学」に変更したいと思います。そして僕は、三・一一以後の世界から発生してきたものをリアルタイムで紹介し、伝えるメディアになりたいと思います。」(小田マサノリ「M9とレヴェル7のもとでの、芸術の発生学」にむけて」「芸術人類学研究所会報」第6号 2011年)

▼多摩美「M9とレヴェル7のもとでの芸術の発生学」教材一覧(2011年12月現在)
ディック・ブルーナ「日本のみなさまへ思いを込めて」
ミスター・ブレイン・ウオッシュ「ワン・ハート」
デリック・メイ「ハイテックソウル」
キベラ・スクール「祈り~キベラから日本へ」
アシュラ・K・ル=グイン「日本の読者の皆さんへ」
斉藤和義「ずっとウソだった」
RUMI「邪悪な放射能」
ECD「ぜったい、つくるぞ、3にんめ」
ECD「Recording Report 反原発 REMIX」
ECD「RecordingReport反原発REMIXのサビのフリ」
ECD「Recording Report 反原発 REMIX(アカペラ)」
ECD「Recording Report 反原発 REMIX(インスト)」
ECD「Recording Report 反原発 REMIX(手話つき)」
ECD「まだ夢の中」
ECD「幸福の追求」
ECD「ベビーカーとプラカード」
マジカルパワーマコ「無題」
マジカルパワーマコ「フクシマ・スモーク」
ランキン・タクシー&ダブ・アイヌ・バンド「誰にも見えない、匂いもない 2011」
トリオ・ザ・キャップス&犬飼ブラザーズ「かえせ!地球を 2011」
トリオ・ザ・キャップス&wiz24「かえせ!地球を 2011」
電気グルーヴ「節電気グルーヴ」
ステルスマン「原子力」
八谷和彦「うんち・おならで例える原発解説」.
コリン・コバヤシ「沖縄大学講演」
七尾旅人「DIY HEARTS」
七尾旅人「帰り道」
七尾旅人「圏内の歌」
大友良英「みんなそれぞれの立場で」
大友良英「芸術情報特論」
大友良英「プロジェクト FUKUSHIMA」
中崎透「福島大風呂敷プロジェクト」
村上春樹「カタルーニャ国際文学賞受賞スピーチ」
村上龍「物資不足でも、希望は溢れている」
糸井重里「ぼくらは「たいしたことないもの」です」
ゲタカルビ「東電・イズ・バーニング」
遠藤ミチロウ「原発ブルース」
いとうせいこう×ダブマスターX「道との遭遇 DUB祝辞」
いとうせいこう「路上の花」
水木しげる「オップアート」
ぽぽぽぽーんシリーズ「悪党たちの言いたい放題」
ぽぽぽぽーんシリーズ「管政権 伸子も現れ大騒ぎ」
総統閣下シリーズ「シーベルトに関する総統閣下の見解」
総統閣下シリーズ「買い占めするならカネ送れ」
宮崎駿「宮崎駿から首相へのメッセージ」
宮崎駿「震災・原発に宮崎駿が思うこと」
制服向上委員会「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」
橋本美香&制服向上委員会「原発さえなければ」
佐藤タイジ「キープ・オン・ロッキン・イン・フリー・ワールド」
齋藤悠志「被災地の声」
不詳「栃木のあぶない天然水」
動物蜂起委員会「私たちは路上で牛になる デモ論のために」
松本哉の「のびのび大作戦」
素人の乱「4.10原発やめろデモ」
素人の乱「5.04原発やめろデモ」
素人の乱「6.11原発やめろデモ」
素人の乱「8.06原発やめろデモ」
素人の乱「9.11原発やめろデモ」
いるといらとそのなかまたち「はじめてのデモ」
いるといらとそのなかまたち「デモの心得」
藤井光「民の声/STOP NUCLEAR POWER PLANTS / KOENJI TOKYO」
レオン・リー「偽善者」
関電の原発を止める会「天災は止められん。けど原発は止められる」
μSv「関東各地の環境放射線水準の可視化」
JFPA「Japan-Fissures in the Planetary Apparatus」
PARC「野菜にも一言いわせて!さよなら原発デモ」
PARC「野菜にも一言いわせて!さよなら原発デモ2」
TwitNoNukes「ツイッター有志による4.30脱原発デモ」
TwitNoNukes「ツイッター有志による5.28脱原発デモ」
TwitNoNukes「ツイッター有志による7.23脱原発デモ」
TwitNoNukes「ツイッター有志による8.27脱原発デモ」
TwitNoNukes「ツイッター有志による9.24脱原発デモ」
TwitNoNukes「ツイッター有志による12.17脱原発デモ」
TwitNoNukes編「デモいこ!」
CMK「ノーモア・ニュークリア・プランツ」
岩井俊二「friends after 3.11」
柄谷行人「反原発デモが日本を変える」
柄谷行人「デモと広場の自由のための共同声明・記者会見」
中沢新一「日本の大転換」
中沢新一×玄有宗久「無常からの再出発」
中沢新一×菅啓次郎「エコロジーの大転換」
中沢新一「野生の科学とは何か」
五十嵐太郎「震災以降に悩む建築と美術」
萩尾望都「なのはな」
しりあがり寿「あの日からのマンガ」
川上弘美「神様2011」
ミナモザ「ホットパーティクル」
宮沢章夫「トータル・リビング1986-2011」.
原子力安全保安院「外国プレスへのブリーフィング」
Chim↑Pom「REAL TIMES」展
Chim↑Pom×Why Sheep「Ki-Ai100 (rebuild dance mix)」
Chim↑Pom「SURVIVAL DANCE」展
椹木野衣「岡本太郎「明日の神話」をめぐるレヴェル7」
宇川直宏+椹木野衣「震災後に芸術を定義し直す」
宇川直宏「DOMMUNE」
磯部涼「プロジェクトFUKUSHIMA! 2011/3.11-8.15 いま文化に何ができるか」
高橋源一郎「分断線」
高橋源一郎「原発の指さし男 そのままでいいのかい?」
高橋源一郎「恋する原発」
高橋源一郎+佐々木敦「恋する原発/処女作への回帰と小説家の本能」
金原ひとみ「制御されている私たち 原発推進の内なる空気」
福井晴敏「震災後」
塩野七生「「がんばろう日本」はどこに行った?」
ヨアヒム・ラートカウ「ドイツ反原発運動小史」
飴屋法水「じ め ん」
亜北斎「3分ビデオ・絶対安全」
ショウダユキヒロ「BLIND」
野外劇団・楽市楽座「反原発紙芝居」
内藤廣+原研哉監修「311 失われた街」展
小沢健二「うさぎ!第24話」
竹内公太「ふるさと合成」
竹内公太「8to2 竹内公太による福島第一原子力発電所事故関連記事」
竹内公太「原発労働問題と「あの事件」を語る」
不詳「ふくいちライブカメラを指さししたのは私です」
イルコモンズ「イルコモンズのふた。」ブログ
イルコモンズ+路地と人「アトミックラウンジ 夢の原子力エネルギーから、悪夢の原発事故までの半世紀」
イルコモンズ監修「アトミックサイト」展
イルコモンズ+市民放射能測定所+東京電力「アトミックガーデン」
イルコモンズ「公共広告:原発で事故がおきたときは」
イルコモンズ「原子力資本主義」
イルコモンズ+東京電力「石棺」
イルコモンズ「アトミックシアター」
イルコモンズ「デモ用アラート・サウンドシステム」
イルコモンズ「こども用デモグッズ」
イルコモンズ「アトムズファミリー」
イルコモンズ「砂場と子ども」
イルコモンズ「市民放射能測定所」ロゴ
イルコモンズ「死神TEPCO」
イルコモンズ「M9とレヴェル7のもとでの芸術の発生学にむけて」
イルコモンズ+現代美術製作所+殺すな+いるといらとそのなかまたち+=3=3=3 (プププ)「荒らぶる原子の力を鎮める原発奉り/祀りデモ奉納」別名「集団ヒステリーデモ展示」イルコモンズ「健康に影響のない雨水で栽培したカイワレ」
イルコモンズ「福島第一原発建屋御輿 feat.明日の神話」
イルコモンズ「アトミックガチャポン」
イルコモンズ「山川冬樹監修 アトミックショウケースPV」
イルコモンズ「アトミックサイト未公開映像 伊東篤宏「計画漏電RMX」PV」
イルコモンズ「アトミックサイト「原發供養ノ夜・劇場版」」
イルコモンズ「アトミックサイト エンディング」
イルコモンズ「アトミックサイト 閉館放送」
イルコモンズ「イルコモンズ+東京電力「アトミックガーデン」PV」
イルコモンズ「「荒らぶる原子の力を鎮める原発祀りデモ奉納」PV」
イルコモンズ「石川雷太「核と原発の根本原理」改定版PV」
イルコモンズ「伊東篤宏「アトミックオプトロン」PV」
イルコモンズ「山川冬樹「アトミックギター初号機&弐号機PV」」
イルコモンズ「アトミックサイト公演「原發供養ノ夜」開演3分11秒前」
イルコモンズ「アトミックサイト公演「原發供養ノ夜」第三幕 3.11秒 radio edit.」
イルコモンズ「アトミックサイト館内放送」
イルコモンズ「4.10 NO NUKES TV-1 真実と怒り」
イルコモンズ「4.10 NO NUKES TV-2 コールとオートノミー」
イルコモンズ「4.10 NO NUKES TV-3 スシ・トライヴ」
イルコモンズ「4.10 NO NUKES TV-5 アマチュアの反乱」
イルコモンズ「5.07 NO NUKES TV-7 放射能2011レヴェル7謝罪ミックス」
イルコモンズ「POLICE ACADEMY TV デモにおける「計画逮捕」の指導ビデオ」
イルコモンズ「5.07 NO NUKES TV 藤波心+斉藤美智子」
イルコモンズ「BYE BYE NUKES TV FUKUSHIMA/復興の律動」
イルコモンズ「6.11 NO NUKES TV ECD反原発リミックス」
イルコモンズ「素人の乱TV 6.11前夜 緊急特別番組」
イルコモンズ「ATOMIC SITE TV アトミッククリチャー」
イルコモンズ「ATOMIC KIDS TV 砂場と子ども」
イルコモンズ「原子力文明の終焉/「アトミックラウンジ」予告篇」
イルコモンズ「アトミック・クリチャーズ/「アトミックサイト」予告篇)
イルコモンズ「原発のはなし」
イルコモンズ「わたしのスリル・フクシマ原発」
イルコモンズ「わたしのホラー・フクシマ原発」
イルコモンズ「ある原発作業員/亡き安全神話のためのレクイエム」
イルコモンズ「素人の乱×Chim↑Pom×WHY SHEEP?「KiAi 100」集団ヒステリーmix」
イルコモンズ「ODZ「台所は放射能と闘う最前線になった(DUBヴァージョン)」
イルコモンズ「このくにのデモをめぐる言質の変化1:柄谷行く人:デモについて」
イルコモンズ「このくにのデモをめぐる言質の変化2:いとうせいこう:路上の華」
イルコモンズ「こどもたちへの、冬の贈りもの」
イルコモンズ「アフター3.11プレリミナリーレポート」
山川冬樹「原子ギター初号機」
山川冬樹「原子ギター弐号機」
山川冬樹「原子ギター参号機」
山川冬樹「原子ギター四号機」
山川冬樹「原子ギター五号機」
山川冬樹「原子ギター六号機」
山川冬樹「祖父の形見 原爆茶碗/原爆壷
山川冬樹「母宛ての郵便物」
山川冬樹「原「パ」ツお悩み相談室」
山川冬樹監修「アトミックショウケース」展
山川冬樹「電気の絆」
石川雷太「核と原発の根本原理」
石川雷太「GEWALT 2011/核兵器バージョン~アメリカの戦略核兵器と戦術核兵器」
石川雷太+イルコモンズ「アトミックサイト館内映像+マルチモニター」
石川雷太監修「アトミックラインズ」展
石川雷太監修「アトミックリアリズム」展
伊東篤宏「計画漏電」
伊東篤宏「アトミックオプトロン」
伊東篤宏+イルコモンズ++山川冬樹「すごくあかるい暮らし
伊東篤宏+イルコモンズ+山川冬樹「さらば、アナログTV」
伊東篤宏「ミッドナイトファーマシー」
吉田アミ「2011年7月18日のツイート」
吉田アミ+イルコモンズ「アトミックラウンジ・アーカイヴ・ダイヴァー」
山川冬樹+伊東篤宏「東京藝術発電所ライヴ」
中村友紀「高円寺 4.10反原発デモ 」
中村友紀「5.7 渋谷 原発やめろデモ!!!!!!! 」
中村友紀「6.11 新宿・原発やめろデモ!!!!! 」
中村友紀「8.6東電前・銀座 原発やめろデモ!!!!!」
中村友紀「9.11 新宿 原発やめろデモ!!!!!! 」
中村友紀「原発やめろ広場」
中村友紀「ふつうの状態じゃない私たちのふつうじゃないやりかた」
中村友紀「NO NUKES! ALL ATAR DEMO2 渋谷1203」
ユリア・レーザ+クラリッサ・ザイデル「レディオアクティヴィスト」
=3=3=3(プププ)「アングリー女房」
ODZ「原子力のない美しい暮しの手帖」
ODZ「バトル・イン・ザ・キッチン」
ODZ「バトル・イン・ザ・キッチン ダブヴァージョン」
ODZ「脱原発テレフォンレディ大募集ポケットティッシュ」
アトミックサイト「原發供養ノ夜」
アトミックサイト「原發供養ノ夜 劇場版」
アトミックサイト「ソーシャルアートの可能性」
アトミックサイト「アトミックサイトブロック」
楠見清「原発事故を問うアーティストたち/Chim↑Pomとイルコモンズ」
沢山遼「放射能の展示空間/イルコモンズ監修「アトミックサイト」展」
齋藤武宏「アーティストたちが「3.11」後を描く本当の理由」
怒りのドラムデモ実行委員会「怒りのドラムデモ」
怒りのドラムデモ実行委員会「怒りのドラムデモ2」
NO NUKES MORE HEARTS「NO NUKES! ALL ATAR DEMO」
NO NUKES MORE HEARTS「NO NUKES! ALL ATAR DEMO2」
SAYONARA ATOM「SAYONARA ATOMのさよなら原発パーティー」
SAYONARA ATOM「サヨナラ原発」
暗い日曜日「暗い日曜日」
暗い日曜日「暗い日曜日2」
東京藝術発電所「東京藝術発電所」展
カタログハウス「通販生活 2011年秋冬号 特集=原発国民投票」
カタログハウス「通販生活 2011年秋冬号 特集=原発国民投票CM」
カタログハウス「原発を語るとき」
ミュージックマガジン「プロテスト・ソング・クロニクル」
文部科学省「小学生のための放射線副読本」
不詳「東電に入ろう/東電に廃炉」
不詳「メルトダウン」
uddy「原発の親玉」
Shing02「革命はテレビには映らない」
フライングダッチマン「ヒューマンエラー」
悪霊「フォー・チルドレン」
RAIO「ブラックミルク」
国分寺エクスペリエンス「マザーランド」」
博多アノニマス「博多アノニマス・マスク」
StoryMonoroch「東北地方太平洋沖地震 発生地点・規模・時刻分布図」
たかはしよしこ+かとうはやと「みえないばくだん」
石黒景太+ぽえむ+二木信「99パーセントネーション」
東京藝術大学先端芸術表現科卒業・修了制作展2012実行委員会「10 MONTH AFTER 3.11」
佐藤友哉「今まで通り」
フランクリン・ロペス「アマチュア・ライオット」

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by illcommonz | 2011-12-12 13:18
▼「大バカ芸術家」はアモリをめざす
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「なんとかフェス2011 Occupy 安茂里!! We are 100%!!」
[日時] 2011年12月9日(金)-12月11日(日)
[場所] 長野県 安茂里 ジローズ・ビッグ・マウンテン

[スケジュール]
- 松本哉『貧乏人の逆襲』文庫版出版記念トークイベント開催!
- 皆既月食にあわせて盛り上がる(10日)→皆既月食情報
- 皆既月食 vs 岡村ジロー(10日)
- 岡村ジロー&牧さん紙芝居ショー
- 西澤尚鉱 朗読ショー
- 地元アーティスト・オカジュン個展
- 花火
- 音楽
- サバイバル
- 小屋作りほか各種ワークショップ
- キャンプファイヤー
- ヤバスタ音頭2011
- 映画上映(ブラウン管テレビ+VHS)
- 24時間編み物マラソン
- 24時間耐久瞑想
- 24時間DJ大会
- 岡村ジロー歌謡ショー
- 「反原発なんとかデモ」(in ジローズビッグマウンテン)
- 出店 素人の乱、ラバンデリア

【訂正】※告知の写真に間違いがありました。訂正させていただくとともに、謹んでお詫び申し上げます。正しくは下記写真となります(松本哉)。

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 6時間の講義が終わり、まる一日、休みができたので、「いま・自分にできることはなんだろう?」と考えた。そして、何をどう考えまちがえたのか、あるいは、松本哉が云うように、自分はほんとうに「大バカ」なのか、「そうだ、安茂里に行こう!」と思った。資本主義や新自由主義的なものの考え方からすれば、「大バカ」として思えないようなことを実行し、共有し、たのしむことが、「いま自分にできる原子力/資本主義社会への最大の抵抗」だと思い、アモリをめざすことにした。電車で6時間、12月の長野の冬山でのキャンプだが、その6時間先の山のなかに未来があるとすれば、行くしかない。正しいことや理屈でつながることは簡単だが、バカなことでつながることはむずかしい。しかし、なんの得にもならない、なんの利もない、なんの見返りもない、バカなことでつながる関係は、資本主義の論理を軽々と超えてゆく。
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by illcommonz | 2011-12-11 02:46
▼イルコモンズ「たのしいアクティヴィズム②未来の政治篇」(6時間講義)

PARC自由学校「抵抗」の文化―近未来のためのアクティヴィズム」最終回
「たのしいアクティヴィズム②未来の政治篇」

[日時] 2011年12月10日(土)14:00-20:00(360分)
[場所] 東京・神田 PARC自由学校
(東京都千代田区神田淡路町1-7-11 東洋ビル)
[講師] イルコモンズ/ 小田マサノリ(現代美術家/ 文化人類学者/ メディア・アクティヴィスト/ 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員/ 中央大学文学部兼任講師/多摩美術大学非常勤講師)

[内容]「20世紀の終わりの世界に混乱と不幸をもたらしたグローバリズムに対する人びとの反撃は、路上からはじまりました。その反撃はいまも、多様な戦術やスタイルを次々に生み出しながら続いています。この講義では「シアトル以後」から「エジプト以後」までの、世界のさまざまなムーヴメントを回顧しながら、「未来のアクティヴィズム」を展望します。」…という予定でしたが、「エジプト以後」の「よりリアルな現在」である、3.11以後の日本の「反/脱原発ムーヴメント」と「ウォール街占拠ムーヴメント」もいっしょにまとめて概観し、地球の「未来の政治」(直接民主主義、参加型民主主義など)を展望します。(上の動画をどうか見てみてください。これが「未来の政治の風景」です。そこに集まっている人たちの表情はどうでしょう、たのしそうではないでしょうか)。

[講習費] 1,500円

※本来、この講義は一年連続の講義ですが、PARCと受講者の厚意により、この回だけの受講を受けつけることになりました。最終回なので6時間たっぷりやります。
※この講義は7月に開講された「たのしいアクティヴィズム①抵抗の作法篇」の続編及びその本編にあたるものですが、一回目の講義をうけてなくても大丈夫です。
※6時間の長い講義ですので、食べ物、飲み物、弁当、おやつ持参でどうぞ。

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[講座の紹介]
 「いつの時代にも、抑圧や差別、国家、戦争、占領、貧困、搾取などに対する人びとの抵抗があります。権力に対する直接的な対峙という形をとることもあれば、映像、文学、音楽、アート、歌などのシーンを形成しながら時代のうねりをつくり出すこともあります。それらの作品の影響は大きく、実は私たちの想像をはるかに超える豊かな手法やスタイルに満ちています。人びとは、なぜ、何に、どのようにして立ち向かっているのか。その社会的背景や構造について学ぶと同時に、「抵抗」という文化を生み出してきた人びとの原動力に迫ります。生きにくい社会を変えていきたいと思うあなた、「抵抗」のためのアクティビズムを学び、今この場から動き出してみませんか?」
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by illcommonz | 2011-12-09 05:07
▼松本哉+イルコモンズ「とんでもない時代の幕開けをデモから振り返る」
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第14回マガ9学校「とんでもない時代の幕開け、デモから振り返る2011年 日本と世界」
[日時] 2011年12月17日(土)15:00-18:00
[場所] 東京・代々木カタログハウス本社地下2階セミナーホール
東京都渋谷区代々木2-12-2
[講師] 松本哉(素人の乱)×イルコモンズ(メディア・アクティヴィスト)

[参加費] 1,500円 (学生割引 1,000円)

 「アラブ諸国に「中東の春」が訪れ、ドイツでは20万人超えの「脱原発」デモ。「We are 99%」を掛け声にウォール街で始まった「OCCUPY」デモは全米に広がり、海を隔てたヨーロッパでも、各地で「反格差社会」を訴える人たちが立ち上がる。「3・11」を経た日本でも、数万人の「フツーの人たち」が、デモに参加して「脱原発」の声をあげはじめた…。日本で、世界で、たくさんのものが揺らぎ、動いた2011年。そのキーワードとなったのは、間違いなく「デモ」でした。4月10日高円寺に始まる「原発やめろ!!!!!」デモの仕掛け人の1人、「素人の乱」の松本哉さんに、ホットなニューヨーク・デモ報告もまじえて、今年1年を振り返ってもらいます。ゲストには、先日ニューヨークを訪れてきたばかりのイルコモンズさんも登場。2012年をどうするか、みんなで語って、考えよう!

※参加費は当日の受付にてお支払いください。
※学生の方は、当日受付で学生証をご提示ください。
※定員(150名)になり次第締め切らせていただきますので、ご了承ください。

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[写真] 「ウォール街占拠」に参加した松本哉さん(左)とイルコモンズさん(右)

松本哉(まつもと はじめ)1974年、東京生まれ。1994年に法政大学入学後、「法政の貧乏くささを守る会」を結成し、学費値上げやキャンパス再開発への反対運動として、キャンパスの一角にコタツを出しての「鍋集会」などのパフォーマンスを展開。2005年、東京・高円寺にリサイクルショップ「素人の乱」をオープン。「おれの自転車を返せデモ」「PSE法反対デモ」「家賃をタダにしろデモ」などの運動を展開してきた。2007年には杉並区議選に出馬した。著書に『貧乏人の逆襲!タダで生きる方法』(筑摩書房)、『貧乏人大反乱』(アスペクト)、編著に『素人の乱』(河出書房新社)。「素人の乱5号店・店主日記」

イルコモンズ/小田マサノリ 1966年、福岡生まれ。 1989年から1996年にかけアフリカでフィールドワークを行う。帰国後、「日本ゼロ年」「横浜トリエンナーレ」等に出品。 2002年、「去年、トリエンナーレで」展最終日に現代美術家を廃業。 2003年、イラク戦争に抗議し、「殺す・な」に参加。 以後、イルコモンズ名義で様々な社会運動にコミットしながら表現活動を行う。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員、中央大学兼任講師、多摩美術大学非常勤講師。最近の活動「アトミックサイト」展監修、「見よ、これがOWSムーヴメントだ」『週刊金曜日』、「実存的ステンシル主義者の報復とファンタジー」『ユリイカ』「J25ヴィデオムーヴィーログ」『現代思想』ほか著述多数・著書なし、 ブログ:「イルコモンズのふた。」

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ただいま両氏は雨宮処凛氏とともに「週刊金曜日」の誌面を占拠中。

▼「週刊金曜日」2011年12月2日号
【特集】雨宮処凛責任編集「OCCUPY 週刊金曜日」
・雨宮処凛 「私は今、生まれて初めて「革命」の時代を生きている」
・平井玄 「半径1キロ」からの「惑星蜂起」+「蜂起」を想像/創造する10冊
・雨宮処凛×松本哉 「デモだ! 占拠だ! 反原発だ!」
・イルコモンズ「見よ、これがウォール街占拠ムーヴメントだ」

[追記] 当日、この号を会場で販売するそうですので、買いそびれた方や読みそびれた方はどうぞ。
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by illcommonz | 2011-12-06 02:42
▼文化人類学解放講座:IT文明時代の、マイクロ・サーカスとiスペクタクル
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[教材]
・ウゴ・グレゴレッティ「にわとり」
・ギー・ドゥボール「スペクタクルの社会」
・アドバスターズ「生産の意義/人生の意義」
・吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
・岡崎京子「PINK」
・宮崎駿「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」
・小沢健二「うさぎ」

【パンとサーカス】
「パンとサーカス(ラテン語: panem et circenses)は、詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した。「パンと見世物」ともいう。ガス抜きや愚民政策の例えとしてしばしば用いられている言葉である。(ウィキペディア)

【スペクタクルの社会】
「シチュアシオニストは、現代の「スペクタクル」についてくりかえし論じてきた。このスペクタクルには、広告看板から、アート、サッカー、ラジオ、テレビまであらゆるものががふくまれる。かつては誰もが自分で直接体験してきたことが、いまは別の誰かによるショーになってしまっている。生きた体験は、メディアがつくるイベントやあらかじめパッケージ化された経験にとってかわられてしまっている。シチュアシオニストは「人さらい」という言葉をつかい、スペクタクルが僕らの「リアルな生」をどこかに連れ去ってしまっているのだという。」(カレ・ラスン「カルチャージャム」)

【人類はゾンビになってしまった】
「私たちの周囲にはかつてないほど情報があふれ、そこから逃れることはできない。デスクの上にも、ポケットの中にも、カフェのテーブルにもコン ピュータがある今、情報はまるで空気に乗って私たちの周りを漂っているようだ。それなのに、自分がどんどんばかになっている気がしてならない。実際、平均すれば、われわれは上の世代より無知なのではないか。アップルストアに並ぶ長蛇の列や、歩きながら携帯電話をのぞきこむ人々。人類はゾンビになってしまった。「いや、非常に忙しいゾンビだ」という弁明が聞こえてきそうだ。メールを読み、ツイッターでつぶやきながら、他人のツイートに返信する。アプリをダウンロードし、写真をアップロードする。フェースブックを更新し、世界中が自分のことを気にしているような気になって、好きなものや嫌いなものを世界に向けて発信する。では、私たちがしていないことは?それは「考える」こと。情報を処理してはいるが、考えてはいない。2つは別物だ。要はデジタルツールを触りながら、ダラダラしているだけ。リンクをクリックしては、自己顕示欲の強い愚か者や評論家、広報やマーケティングの担当者らが垂れ流す無意味なゴミの激 流をかき分けている。」(ダニエル・ライオンズ「iPad であなたはもっと馬鹿になる/デジタル機器やウェブに振り回されて人間は「忙しいソンビ」になった」)

【消費専門家の生活】
 「ところで、君自身はどうだろう。君自身は何をつくり出しているだろう。世の中からいろいろなものを受取ってはいるが、逆に世の中に何を与えているかしら。改めて考えるまでもなく、君は使う一方で、まだなんにも作り出してはいない。毎日二度の食事、お菓子、勉強に使う鉛筆、インキ、ペン、紙類、まだ中学生の君だけれど、毎日、ずいぶんたくさんのものを消費して生きている。着物や、靴や、机などの道具、住んでいる家なども、やがては使えなくなるのだから、やはり少しずつなし崩しに消費しているわけだ。して見れば、君の生活というものは、消費専門家の生活といっていいね。無論、誰だって食べたり着たりせずに生きちゃあいられないんだから、まるきり消費しないで生産ばかりしているなんて人はない。また、元来ものを生産するというのは、結局それを有用に消費するためなんだから、消費するのが悪いなどということはない。しかし、自分が消費するものよりも、もっと多くのものを生産して世の中に送り出している人と、何も生産しないで、ただ消費ばかりしている人間と、どっちが立派な人問か、どっちが大切な人間か、こう尋ねて見たら、それは問題にならないじゃあないか。生み出してくれる人がなかったら、それを味わったり、楽しんだりして消費することは出来やしない。生み出す働きこそ、人間を人間らしくしてくれるのだ。これは、何も、食物とか衣服とかという品物ばかりのことではない。学問の世界だって、芸術の世界だって、生み出してゆく人は、それを受取る人々より、はるかに肝心な人なんだ。だから、君は、生産する人と消費する人という、この区別の一点を、今後、決して見落とさないようにしてゆきたまえ。」(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」)

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【本当に大切なものは、i ナントカじゃ手に入らないんです】
 「あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の感心も感動もありません。嫌悪感ならあります。そのうちに電車の中で、その妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。電車の中がマンガを読む人間だらけだった時も、ケイタイだらけになった時も、ウンザリして来ました。あなたの人権を無視するようですが、あなたには調べられません。なぜなら、安宅型軍船の雰囲気や、そこで汗まみれに櫓を押し続ける男たちへの感心も共感もあなたは無縁だからです。世界に対して、自分で出かけていって想像力を注ぎ込むことをしないで、上前だけをはねる道具として、i ナントカを握りしめ、さすっているだけだからです。誰でも手に入るものは、たいしたものじゃないという事なんです。本当に大切なものは、i ナントカじゃ手に入らないんです。一刻も早く、i ナントカを手に入れて、全能感を手に入れたがっている人は、おそらく沢山いるでしょう。あのね、六〇年代にラジカセ(でっかいものです)にとびついて、何処へ行くにも誇らしげにぶらさげている人達がいました。今は年金受給者になっているでしょうが、その人達とあなたは同じです。新製品にとびついて、手に入れると得意になるただの消費者にすぎません。あなたは消費者になってはいけない。生産する者になりなさい。」(宮崎駿「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」)

【愛ではなく、憎しみを持つように】
 「灰色のつくり出す世界では、「もう古いの計画」がいつも進行していました。「あれはもう古い」と思わせて、人びとに次々と新しい品物を買わせる計画でした。新しい品物が買われると、古い品物はごみになります。「もう古いの計画」とは、灰色の手下の一人の言葉を借りれば「どんどんごみをつくりだす計画」でした。「もう古いの計画」は、広告やテレヴィジョンに出てくる、やせた若い女の子たちにも当てはめられました。「あの女の子はもう古い。もう若くない」「あの女の子、ばばあになってるのに、まだねばってる」。卑劣な男の人たちは、灰色の思惑どおり、女の人たちをごみにしようとしました。灰色がつくり出すのは、「もう古いの計画」のために、「やせた若い女の子たち」が、ちり紙のように、毎年、捨てられる世界でした。「いつも新しい品物を買いなさい。いつも新しい、より若い女の子とに憧れなさい。」灰色がつくりだす世界は、そんな命令であふれていました。「時々、「豊かな」国々の人びとが物を考えないのは、灰色がたくさんの品物と情報を与えて、人びとの暮らしを満足させてしまうからなんです。豊かな国々の、ぬるま湯につかったような生活がだめなんです」なんていう人がいる。けれど、よく見てみると、「豊かな」国々の人たちは、全然「満足」なんかしてないんだ。それは、考えてみれば、当たり前の話で、広告っていうものの目的は、人の心の中に「不満足」をつくりだすことにある。というのは、「満足」している人に、物を売りつけることはできない。人が目の前にある物に満足して、喜んで、愛して、受け入れようとしていたら、新しい物は売れない。たとえば、自分が持っている自動車に、喜びを持って、愛情を持って、ながく乗ろうとしている人は、新しい車を買わない」。「人が、自分が持っている物に、喜びではなく不満を持っていて、愛情ではなく憎しみを持って、受け入れるより放り出そうとしていると時、新しい物は売れる」 「人に満足を感じさせないこと。どんどん「不満足」をつくり出すこと。広告を見ていると「あなた、今のひげそりに満足ですか?」「あなた、今の家に本当に満足ですか?」「あなた、去年の服に満足ですか?」そんなメッセージが、脅迫状のように飛び込んでくる」。「実際には、物はながく使える。なおしたり、色を塗りかえたり、工夫をして、いつまでも使える。使っていると愛着が出てきて、ますますながく使いたくなる。けれでも、それは灰色にとっては都合が悪い」「人が満足ではなく、不満足を持つように。喜びではなく、退屈や、不満を感じるように。もっとはっきり言うと、愛ではなくて、憎しみを持つように。灰色が作り出す世界は、そんな世界だ」(小沢健二「うさぎ!」)
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by illcommonz | 2011-12-06 00:44
▼多摩美「3.11以後の芸術の発生学、ママと大きなこどもと未来のこどもたちのうた」


ママたちは、最善の人生と健康を、こどもたちにあげたいだけ。
音楽ははじまった、ろくでなしのアイツらが平和の太鼓をたたきだす。
おおきな道路を僕たちが今日は、ゆっくりあるいてゆく。
権力の街にひびかせたい、いのちのうたを
(国分寺エクスペリエンス「マザーランド」)

(教材)
・アトミックサイト「アトミックサイトブロック」
・悪霊「フォー・チルドレン」
・国分寺エクスペリエンス「マザー・ランド」
・フライングダッチマン「ヒューマンエラー」
・博多アノニマス「博多アノニマスプロジェクト」
・Shing02 「革命はTVには映らない」

 「惨劇はとつぜん起きるわけではない そんなことがあるわけがない、それは実はゆっくりと徐々に用意されている、進行している、アホな日常、退屈な毎日のさなかに、そしてそれは風船がぱちんとはじけるように起こる。」(岡崎京子)
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by illcommonz | 2011-12-06 00:21
▼「アートは無力だ」という人間を信じない。その無力さに抵抗しようとする人間とその表現を信じる。

▼中村友紀 「NO NUKES! ALL STAR DEMO2 渋谷1203」
 「12月3日の「NO NUKES! ALL STAR DEMO」の記録映像。何度この渋谷の街をデモで歩いただろうか。デモに連なる人々の声と街を行き交う人々の視線の温度差が日本の現実なのだと思い知らされるようで悲しい。これは私たちみんなの問題だ。目を背けないでほしい」(中村友紀)

 「アトミックサイト」が路上に展開した。アトミックサイトの「原發供養ノ夜」で、インダストリアルなハンマービートを響かせていた石川雷太の「放射性廃棄物ドラム」がここでは、「どかどかうるさいマーチングバンド」のビートと融合して「重たいサンバのリズム」をたたきだし、目にみえないなにか(日本の現実?温度差?)を街路に残酷に突きつけ、放射・拡散・増殖させている。これが「アート」(あるいは「アート以外の何物でもない」もの)なのか、そうでないのか、というような議論に自分はまったく興味がない。それについてはただ、「いわせたいようにいわせておくまでだ」というのが自分のスタンスである。自分にとって大事なのは、石川雷太がこのドラム缶を埼玉の川口から渋谷まで電車で運んできて、それをまた電車で持ち帰ったということである。こういうやむにやまれぬ無謀な情熱につき動かされ、決して表現をあきらめず、また表現を決してやめようとしない人間を自分は信じるているし、そうした人間たちと共になにかをやりたいと思っている。自分は「アートは無力だ」という人間を信じない。仮にアートが無力だったとしても、その無力さに抵抗しようとする、こういう人間たちとその表現の営みの方を信じているからだ。

もう一度云う、何度でも云う。
「リメンバー、リメンバー3.11、
わたしたちはアトミックサイトである。
わたしたちは決してゆるさないし、忘れない。
呼ばれれば、わたしたちはどこへでもゆくし、
呼ばれなくても、こちらからゆく。
わたしたちは、アトミックサイトである。
わたしたちは、増殖・分裂・融合・拡散をおそれない」。


▼秋山理央「12.3脱原発デモ NO NUKES! ALL ST☆R DEMO 2」

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[追記]
▼山川冬樹
1)アナログガイガーカウンターは、放射線がGM管の中に入ると放電して「バチッ」というノイズを発しますが、『原子ギター』にはボディ裏面に300Wのアクチュエーターが設置されており、その放電ノイズがボディに直に伝えられ、弦が震動するという仕組みになっています
2)放射線量というのは一定時間に何回放電ノイズがあったかで算出されますが、アナログガイガーカウンターをいじっていると、放電ノイズの一撃一撃にも強弱があるのが分かります。すると弱い一撃の場合は少ない弦が鳴って、強い一撃の場合は多くの弦が鳴ります。
3)また弦高さは低く、テンションは緩く張っているので、震動する弦がフレットやピックアップにヒットして、時々非常に強いアタックの音が出たりもします。さらに『原子ギター』は双生児のように対で一体となっているので、それによって響きにまたバリエーションが生まれます
4)youtubeでは分かりにくいですが、ピックガードにLEDがついていて、放電ノイズに合わせて光るようになっています。これもデジタル回路を使わず、ノイズの音声信号をLEDに直結して光らせています。なので『原子ギター』はどこまでもローテクでアナログです。

 この日、デモに参加できなかった山川冬樹が解説する「原子ギター」と同じく、「双生児のように対で一体となって」「響きにまたバリエーション」を生みだしてみせたこの日の「原子ドラム」もまた、「どこまでもローテクでアナログ」であり、どこまでも「ノイズ」であって、それは「きれいでなく、うまくなく、ここちよくない」。
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by illcommonz | 2011-12-05 05:58