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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼はじめての雪かき
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▼「反原連の雪かき」(2013年1月18日 国会議事堂前駅4番出口)
 自分は九州生まれのアフリカ育ちなので、この歳になるまで(きのう47才になった)、実は「雪かき」というものをやったことがなかったのだが、「雪かき」は、資本主義経済の社会のなかにも「贈与経済」が存在するということの例証としてよく引き合いにだされ、「雪かき」をしている人たちをみるのが好きなので、自分も一度やってみたいと思っていた。今日、その夢がついにかなった。

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 なにかに夢中になったり、何かを発見したときの姿勢がちびこもんずに似てきた

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▼やまむらよしと ‏@gujohachi
「今夜の官邸前抗議、ケガ人無し! やったね!! 」
(2013年1月18日のツイート)

 めでたし、めでたし。

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[追記]

▼秋山理央 「イルコモンズさんの誕生日をささやかに祝う人たち」
 バースデーケーキのロウソクのかわりに、キャンドル・エリアのロウソクを拝借しました。てれくさいので、いつもよりさらに調子はずれに吹いてます。ロウソクではなく、サックスを。
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by illcommonz | 2013-01-19 01:02
▼ガンジーのたましいに、インドが泣いた。
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「いいぞ、そのままいけ、ムンナー兄貴」
(ラジャクマール・ヒラミ監督 2006年 日本語字幕・全編2時間25分 ※視聴可)

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 「悪徳不動産屋のラッキー・シン、舎弟のサーキットとつるんで立退き屋を生業とするヤクザの親分ムンナー兄貴が、ひょんなきっかけから、ガンジーの姿が見えるようになり、ガンジーの偉業を忘れつつある現代インド社会をぶった切って行くという痛快コメディ作品。笑い・涙・恋愛・家族愛・歌・ダンス・愛国要素全部入り。ボリウッド映画のお手本のような映画です。今作公開をきっかけにガンジー再評価の社会現象を起こした2006年の大ヒット作。原題「Lage Raho Munna Bhai」、ヒンディー語、主演:サンジャイ・ダット、アルシャド・ワールスィー インド映画としては短めの2時間25分。」

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 時間がなくて、なかなか観れなかった大好きなインド映画をみた。泣いた、笑った、じんときた。ので、もう一度みた。泣いた、笑った、じんときた。ので、また、みた。 「息の長い脱原発/反原発運動」と「非暴力直接行動」のためにも、ぜひ。
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by illcommonz | 2013-01-18 13:29
▼「1.18 大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議」
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▼「1.18 大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議」
[日時] 2013年1月18日(金)18:00~20:00 予定
[場所] 東京・霞ヶ関 首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は混雑が予想されます。
[呼びかけ] 首都圏反原発連合

 「2011年3月11日の東日本大震災から引き起こされた福島第一原発の事故は、国民の原発に対する意識を目覚めさせ、2012年に実施されたパブリックコメントでは8割を超える人々が「原発はいらない」という意思を示しました。ところが、2012年12月の衆議院選挙により、原発をいまもなお推進しようとする自民党政権が復活したのです。この旧態依然とした政権は、明らかに、国民の声を聞く耳をもたず、国民の命を顧みない政策を取ろうとしています。厳しい冬を迎えても、私たちは、抗議の声を上げることをやめるわけにはいかないのです。首都圏反原発連合は、2012年の3月から、ほぼ毎週金曜日に、総理大臣官邸前で抗議を行ってきました。数百人で始めた抗議行動は、数千人、数万人と数を増していき、6月29日には約20万人もの人たちが集まりました。現在も毎週数千人の人が官邸前から国会議事堂周辺で「再稼動反対」「原発いらない」の声を上げています。また、この金曜抗議行動は全国に連帯の輪を広げ、いまも毎週各地で抗議が行われています。私たちの命と生活、そして子どもたちの未来のために、原発はあってはならないもので、電気供給、経済発展、地球環境のために原発が必要であるという論は、いかなる政権であってもその根拠を明快に示すことはできません。私たちの声で、もう一度原発のない社会を作り、たいせつな命と暮らし、そして未来を守りましょう。」

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▼Johnpot Barnathort
「国会議事堂正門前」(2013年1月16日)


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▼ タケウチミホ
「国会前。きれいになりましたー。」(2013年1月17日)

▼桜花 ookaoka
【反原連の方が雪かきしてくれたんだって。集まりましょうよ~。】対新政権!2013年も抗議!大間原発の建設を中止せよ、大飯原発を停止せよ、全原発を即時廃止せよ!1/18(金)18~20時首相官邸周辺で超大規模抗議。ツイートボタンで拡散を→ http://coalitionagainstnukes.jp/?page_id=2397」(2013年1月17日)
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by illcommonz | 2013-01-18 01:13
▼文化人類学解放講座最終講義 「脱原子力文明論序説」

▼文化人類学解放講座「ポスト消費社会」予告篇 (2013年)
[映像] アレックス・ウィッパーファース「ポスト消費社会におけるデザイン、マーケッティング、ブランド化」(スタンフォード大学での講演 2009年)/CNN「エコノミー」(2008年)
[再編集] イルコモンズ(文化人類学解放講座

 「彼らは「電力」のような物質面での進歩がこれからどうなるか、ということばかり話しているが、私にいわせれば、彼らは気の毒な者たちである。ただひとつの重要な進歩とは、電力などといったことではなく、親交、結束、愛情などの進歩であり、私はそれを期待し祈っている。いや、祈っているだけでなく、そのために努力もしている。」(レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ)

 「私は機械そのものとたたかっているわけではありません。「機械は労働をへらす」という考えのなかにある狂信とたたかっているのです。実際、数千人にのぼる人たちが仕事もなく、路上で餓死するほど「労働はへって」います。ごくわずかな者たちだけに仕事や生活の安定がもたらされるのではなく、すべての人たちに、それがもたらされるようにしたいのです。ごくわずかな者たちだけが、あらゆるものを犠牲にした上で繁栄するということを私は望みません。いまの機械は、少数の者たちが大衆を搾取するのを助けてしまっています。このわずかなの者たちがやっていることは、人道主義や人間愛ではなく、貪欲と欲望であり、私は全力でそれとたたかいたいのです。」(ムハトマ・ガンジー)

 「機械は、見張り人と監督者がいないと働かないものだ。そして、どの機械もそのなかに呪いをひめている。たとえ機械がその強力な手でどんなものをつくろうと、そこには、私たちが手づくりでつくるものにこめている愛情がなく、仕事と一緒にそれを食ってしまうからだ。機械がつくったどんなものも、私にとっては、血の通わない、無情のものにすぎない。たとえそれがうまくできても、その苦労について語ることもできず、また微笑むこともできない。それを両親に捧げてよろこばせることもできない。機械がなんでもすぐにつくりなおすことができるせいで、もはやどんなものにも愛情を持てなくなってしまった。これこそが機械が持つ大きな呪いなのである。」(エリッヒ・ショイルマン)

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 「原発がないと電力が足りなくなる」とか「原発がないと経済がたちゆかなくなる」とか「原発がないと生活が不便になる」とか、「原発がないと何かを失う」というようなロスト・ストーリーしか聞こえてこないのはなぜだろう。ばかばかしいくらい便利で、くだらないほど楽で、うんざりするほど何でもできる(ような気にさせる)、電気じかけの機械の、どこがいいのだろう(それじゃ自分ですることが何もないじゃないか)。世界を不景気のどん底にたたきこみ、海や山や森や河や人体を破壊し、今もまだ大量の失業者や就職難をうみだしている「狂った経済」を、またもう一度、成長させてどうするのだろう。なぜ、ひとは、そんなにまでして「原子力文明」の奴隷になりたがるのだろう。「文明批評家」としての文化人類学者にいわせてもらえるなら、逆に、原発をなくすことで私たちが失ってきてしまったものを、もう一度とりもどすことができるのではないかと思っている。原発をなくすことは、怪物化した経済と過剰なテクノロジーが奪ってしまった、人間らしい時間や生きた仕事、血のかよったモノづくりのたのしみ、かけがえのないモノへの愛着、人間の顔をした経済、贈与のよろこび、ほんとうの民主主義、シンプルな暮らし、そしてリアルな人生を、まとめてとりもどせる、またとないチャンスだと思うし、また、そうなることを期待している。いや、期待してるだけでなく、「脱原発後の世界をいま・ここで先につくってしまう」ための「実践的技能」を習得し、その技能を分かち合うなかまをさがしている。この予告篇は、そのひとつで、「原子力文明」から脱けだす脱原発の道はいたるところにいくつもあるが、さしあたりまずは「脱消費」というところからはじめてみるのがいいと思っている。

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 「ところで、君自身はどうだろう。君自身は何をつくり出しているだろうか。世の中からいろいろなものを受取ってはいるが、逆に世の中に何を与えているかしら。改めて考えるまでもなく、君は使う一方で、まだなんにも作り出してはいない。して見れば、君の生活というものは、消費専門家の生活といっていいね。無論、誰だって食べたり着たりせずに生きちゃあいられないんだから、まるきり消費しないで生産ばかりしているなんて人はない。また、元来ものを生産するというのは、結局それを有用に消費するためなんだから、消費するのが悪いなどということはない。しかし、自分が消費するものよりも、もっと多くのものを生産して世の中に送り出している人と、何も生産しないで、ただ消費ばかりしている人間と、どっちが立派な人問か、どっちが大切な人間か、こう尋ねて見たら、それは問題にならないじゃあないか。だから、君は、生産する人と消費する人という、この区別の一点を、今後、決して見落とさないようにしてゆきたまえ」

 「あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の感心も感動もありません。嫌悪感ならあります。あなたの人権を無視するようですが、あなたには調べられません。世界に対して、自分で出かけていって想像力を注ぎ込むことをしないで、上前だけをはねる道具として、i ナントカを握りしめ、さすっているだけだからです。誰でも手に入るものは、たいしたものじゃないという事なんです。本当に大切なものは、i ナントカじゃ手に入らないんです。新製品にとびついて、手に入れると得意になるただの消費者にすぎません。あなたは消費者になってはいけない。生産する者になりなさい。」(宮崎駿「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」)
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by illcommonz | 2013-01-15 23:18
▼ムーヴメントの「パルス(拍子/脈伯)」としてのドラムサークル

▼「ムーヴメントの「パルス(拍子/脈伯)」としてのドラムサークル」
(2011年11月5日、ニューヨークのズコッティ公園にて「オキュパイ・ウォール・ストリート」のドラム・ワーキング・グループ「パルス」に参加)

 「支配というのは、"こころ"と"からだ"の分断を好むもので、それはアッセンブリー(=集会)と(ドラム)サークルの上にも影をおとしていた。ドラムは「エスニックなもの」とみなされ、有色人種を意味し、集会は「白人」を意味するものになっていた。さらにまた、ドラムは「男性」を、集会は「女性」を象徴するものになっていた。これは、人種やジェンダーの点で、それぞれのグループの実情と一致しないが、なにか本質的なものであるかのようにみなされていた。こうした二極分化こそ、オキュパイ・ムーヴメントが逃れたいと望んでいたものだったが、公園で議論をするオーガナイザーたちは、自分の声すら聞こえないと感じていたし、かたやドラムサークルの方でも、自分たちがやっていることが評価されてないように感じはじめていた。彼(女)らもこのムーヴメントを「やってる」るのだし、実際、この運動をそのはじまりからサポートし、参加者と寄付を集めてきた。いや、ドラムをたたくことだって「運動」なのに、どうして誰もそれを分かってくれないのだろう、と。
 だが、総会はこの難局をきりぬけた。「人間マイク」という偶然の発明によって、総会自体がドラムサークルのようなものになる素地ができていたのだ。聞き手たちは、他人の話の調子にあわせて、それを自分自身のからだでくりかえすのだから。ドラムサークルの方でも、ワーキング・グループをつくり、ルールを調整することにした。そのワーキング・グループの名前に「パルス」を選んだのは象徴的で、とても気が利いている。それはドラムサークルがそのまわりにつくりだす「パルス=拍子」を意味するだけでなく、身体のメタファーももりこまれているからだ。「パルス=脈拍」は、"こころ"と"からだ"を分離させず、人間の活力を示すもので、それは新しい考えや経験、よろこびやおそれにふれると、速くなったり遅くなったりするものだ。」
(マーク・グレイフ「ドラムサークル」より抜粋して一部改訳)

 「わたしたちは、このムーヴメントのパルスである。パルスが運動をつくりだす。パルスのないものは死んでいる」(パルス)

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[参考]
「パルスとリトルネロ」
「イルコモンズのふた」 2012年6月8日
「お前の村の踊りを踊れ」
「イルコモンズのふた」 2012年7月5日
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by illcommonz | 2013-01-10 21:13
▼新たな「ドラム隊」の出現のために

▼「AS220」に登場したラディカル・マーチングバンド(ホワット・チアー!ブリゲード)

 「マーチングバンドが状況を変えた典型的な例として、2006年7月のAS220フェスでの出来事をあげることができるだろう。そのイベントは地元のアートスペースによって運営され、何千人もの人でにぎわっていたが、何千もの身体がひしめく空間に漂っていたのは、どこかきまりの悪いよそよそしさだった。そこには敵意や不信感はないが、見知らぬもの同士のさめた距離があった。しかし、マーチングバンドの登場によってイベントの質が変容した。マーチングバンドが登場するやいなや、人びとは「パフォーマー」と「オーディエンス」を分断していたステージをみつめることをやめ、マーチングバンドの動きにあわせて踊り騒いだのだ。その瞬間、たがいを隔てていた壁が消えうせた。ドラムの最初の一撃とともに亀裂が走るのは、たがいを隔てるまなざしの壁である。それは日常の空間をきりくずす芸術的なパフォーマンスであり、街路に移動可能な「情動(よろこびや怒り、笑いや哀しみ)」の空間がつくりだされ、そこに新たな関係が出現する。その関係には、希望が宿り、日常生活の網の目のなかに血が通いはじめるのだ。

 そこで実践されているのは「直接参加」と「情動」をつくるというラディカルな美学である。この美学がもとづいているのは、芸術的な形式や内容よりも、集団による創造のプロセスから生まれる関係や経験である。私たちは「情動の空間」の創造を目のあたりにしている。それは「共にある空間」であり、そこから、新しい関係や相互行為が可能となる「民衆の空間」が出現する。

 その活動の基本は「贈与」という無償の交換であり、それによって、「アートの商品化」を回避しようとする。そこに受動的な消費の余地はない。すべてのオーディエンスが、同時に参加者でなければならない。この意味で「ラディカル・マーチングバンド」の方法は興味深いのだ。

 もともとマーチングバンドは、国家形態に属するものであり、国家が定義する空間をもたらすものだ。その集団は整然とコントロールされて隊列をなし、軍隊に密接に結びついている。だが、こうした国家や軍隊への結びつきがあるからこそ、それらが「抗議の戦術」として「転用」されたり「横領」されるときに、それがきわめて痛快なものになるのである。

 当然のことながら、多くのラディカル・マーチングバンドのレパートリーは、さまざまなスタイルや文化、バックグラウンドが融合する真のメルティング・ポットになっている。そこには、ジャズやビッグバンドの曲から、クレズマーやモロッコ音楽、インドのウェディング・ソングから、カリプソ、サルサ、レゲエやサンラまで、あらゆるジャンルが混在している。

 しかし、そうした空間が妨害や問題なしに存在すると思ってはならない。そうした空間に対する弾圧や回収は避けがたい。また、それらもくりかえしているうちに儀式化されたものとなり、固定した循環のパターンに後退するだろう。問題は、つくりだした空間の情動的なボリュームをキープしつづけることである。スペクタクルに回収されてしまう罠を回避し、さまざまな可能性がこりかたまったり、できあがったかたちのなかで新鮮さを失わないようにする方法である。

 これは決して一度かぎりの出来事で終わるものではないし、そうなる可能性もない。それはラディカルな想像力を自ら定位させる「持続可能なとりくみ」にほかならず、それは絶えざる更新のプロセスである。」

(スティーヴン・シュカイティス 「情動をつくりだす美学:観客を消滅させ、群衆蜂起をうながすこと」の抜粋に一部加筆)


▼抗議行動の場に登場したラディカル・マーチングバンドとその場の空気
 (インファーナル・ノイズ・ブリゲード)

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[参考]
「ラディカル・マーチングバンドの出現にむけて」
「イルコモンズのふた」 2011年10月5日
▼イルコモンズ+成田圭祐 「アーティヴィズム・ナウ!」 「美術手帖」2012年3月号
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by illcommonz | 2013-01-10 21:04
▼「1.11 大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議」
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「1.11 大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議」
原発をあきらめようとしない自民党政権へ今こそ抗議を!

[日時] 2013年1月11日(金)18:00~20:00 予定
[場所] 東京・霞ヶ関 首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は混雑が予想されます。
[呼びかけ] 首都圏反原発連合

「2011年3月11日の東日本大震災から引き起こされた福島第一原発の事故は、国民の原発に対する意識を目覚めさせ、2012年に実施されたパブリックコメントでは8割を超える人々が「原発はいらない」という意思を示しました。ところが、2012年12月の衆議院選挙により、原発をいまもなお推進しようとする自民党政権が復活したのです。この旧態依然とした政権は、明らかに、国民の声を聞く耳をもたず、国民の命を顧みない政策を取ろうとしています。厳しい冬を迎えても、私たちは、抗議の声を上げることをやめるわけにはいかないのです。
 首都圏反原発連合は、2012年の3月から、ほぼ毎週金曜日に、総理大臣官邸前で抗議を行ってきました。数百人で始めた抗議行動は、数千人、数万人と数を増していき、6月29日には約20万人もの人たちが集まりました。現在も毎週数千人の人が官邸前から国会議事堂周辺で「再稼動反対」「原発いらない」の声を上げています。また、この金曜抗議行動は全国に連帯の輪を広げ、いまも毎週各地で抗議が行われています。
 私たちの命と生活、そして子どもたちの未来のために、原発はあってはならないもので、電気供給、経済発展、地球環境のために原発が必要であるという論は、いかなる政権であってもその根拠を明快に示すことはできません。私たちの声で、もう一度原発のない社会を作り、たいせつな命と暮らし、そして未来を守りましょう。」

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「脱原発、訴え続ける」 今年初めて官邸前で抗議行動
 「脱原発を求める首相官邸前での抗議行動が11日、あった。「新増設 再稼働 許しません」。今年初めての行動に参加した人たちは約2時間、原発維持の姿勢を見せる安倍政権に向けて訴えた。毎週金曜の抗議行動は昨年と同様に午後6時にスタート。仕事帰りに参加した会社員石垣修さん(61)=横浜市=は「安倍さんは経済政策を重視するが、公共事業に投資しても潤うのはゼネコン。再生可能エネルギーに投資するほうが経済の活性化に希望が持てる」と話した。介護ヘルパーの夏目絹代さん=川崎市=は「原発を推進する動きには怒りを感じる」とし、初めて加わったという保育士の前田芙美さん(23)=愛知県豊橋市=は「原発を維持したい自民党が選挙で勝ったけど、私が参加する姿を見てもらうことで身近な人にも関心を広げたい」と語った。」(朝日新聞 2013年1月12日)
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by illcommonz | 2013-01-10 03:39
▼ことしの抱負
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【「子どもっぽい」とか「甘い」といわれるような、もうひとつのペルソナを手放さないこと】

d0017381_1294360.jpg「行動をともなわない政治意識は、荒廃をみつめ、ものごとの中心部ばかり見ようとします。一方、直接行動をする人たちは、その行動自体のなかにオルタナティヴをつくりだし、中心部の腐敗から視線をズラして、その周辺部や自分たちの側にある奔放な可能性の方に目をむけるので、希望を育むことができるのです。一方、エスタブリッシュされた運命論者たちにとって、このような希望についての考え方は、非常に気に障るもののようです。彼らにとってのニュースとは、救いようのない厄介な知らせだけであり、そのメッセンジャーであることを自認し、またそれをいつもくりかえし教えてくれる。「失意」や「よくないニュース」「困難さ」ばかりを説きたがる人は、それによって「男らしさ」や「いかめしさ」「だまされにくさ」「現実を直視する強さ」を体現しようとしますが、現状は決して避けがたいものではないし、すべての道が下り坂ばかりとは限らないと考える人たちもいます。つまり、希望を持つということは、「女らしい」とか、「子どもっぽい」とか、「甘い」といわれるような、もうひとつのペルソナ(=社会的な人格)をすすんで身につけるということなのです。」(レベッカ・ソルニット)

d0017381_1302743.jpg自民党が政権をとり、「改憲」やら「国防軍」やら、威勢のいいことを云いだしたからといって、いや、云いだしたからこそ、安倍や石原のような「男」たちを相手に「気をひきしめていかなければいけない」とか、「気をゆるめてはいけない」とか、「総力戦だ」というのでは、「敵を憎むあまり敵に似てしまうこと」になりかねないので、「幼稚」といわれようが、「のんき」といわれようが、去年にまして、今年も「ごろん。。。」といこう。幼稚で結構、この坊ちゃん刈りはダテではないのだ。
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by illcommonz | 2013-01-09 04:29
▼[イルコモンズのふた。]
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さて、明日から新学期。気をとりなおしてゆこう。
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by illcommonz | 2013-01-09 02:58
▼[ちびこもんずのふた。] いるこもんずへ
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いるこもんずへ

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きょねん、いるこもんずは、あなーきすとのくせに、そうりだいじんにあって、はなしをした
いるこもんず、はじをしれ。

きょねん、いるこもんずは、どらむをたたきすぎて、てがいたくなり、どらむをたたくのをやめた。
いいかげんにしろ、いるこもんず。

きょねん、いるこもんずは、でものために、だいじながっきを、きったりくずしたりした。
ばちがあたるぞ、いるこもんず。



きょねん、いるこもんずは、ぼくらにやくそくしたのに、やくそくをまもらなかった。
くたばれ、いるこもんず、じごくにおちろ。

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でも、ぼくも、けっして、けっして、けっして、けっして、あきらめない。

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ぺき、ぴち、ぽこぽこ、ぽん。

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ばいばい、またね。




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[ついき]

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おい、いるこもんず、さいごに、ちゅぅしてやる。
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by illcommonz | 2013-01-08 23:35