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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

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▼中央大学・文化人類学B「文化人類学の視点を経由して見るデモクラシーズとそのマインド
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▼[参考文献]高橋源一郎×SEALDs「民主主義ってなんだ」(2015年)

 「去年くらいからギリシアの民主主義について調べ出したら、本当におもしろいんだ。今日は参考資料として、何冊か本も持ってきました。これは、オキュパイ・ウォール・ストリートの理論的主導者と言われる、イギリスの人類学者のデヴィッド・グレーバーの「デモクラシープロジェクト」。おもしろいから、読むといい。」(高橋源一郎・作家)

 「これはグレーバーが言ってるんだけど、たとえば三千年前の中国の民主主義、あるいは、ネイティヴ・アメリカンの民主主義―文化人類学といった視点でみていくと「これも民主主義でしょ」って定義できそうなものがいっぱいある。普通、民主主義っていうと、ヨーロッパの歴史しか辿らないんだよね。そこからずれるものは違うと考えるのは、オリエンタリズムに侵されているのかもしれない。ヨーロッパ人が勝手に考えている民主主義の歴史だけが正当で、あとは民主主義に似たものにすぎない、なんて傲慢すぎる。そう考えていくと、民主主義の定義を広げたほうがいいんじゃないかってことになる。グレーバーはそう言っている」(高橋源一郎)

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▼[参考文献]デヴィッド・グレーバー「デモクラシー・プロジェクト」(2015年)

 「民主主義は、古代ギリシアで発明されたわけではない。「民主主義」という言葉が古代ギリシアで発明されたことを認めるとしても―民主主義に大して愛着を抱かなかった人びとによってだが―民主主義そのものは決して「発明」されたものなどではなかった。なぜ保守派は、民主主義は古代ギリシアで発明され、かれらが「西洋文明」と呼ぶものに本質的に備わっているなどと主張するのだろうか。それは金持ちや権力者がふだんからしていることと変わらない。つまり、個人の労働の果実を横取りするということである。かれらはそうやって富の所有権を主張する。そして、富の所有権は防衛されなければならない。だから、民主主義は南アフリカやインドの村落会議でも容易に成立しうることを主張すれば、保守系の雑誌やサイトから即座に怒りに満ちた反撃をうけ、激しく論難されることだろう。」(デヴィッド・グレーバー・文化人類学者)

 「もしも歴史が真実に即して書かれるとしたら、民主主義的精神およびかなり多くの民主主義的制度の本当の起源は、政府や組織化された教会による支配の外部にあるように思われる。そこにイロコイ連合がふくまれることを付け加えておこう。そもそも部族連合は、セネカ族、オノンダガ族、カユーガ族、オナイダ族、モホーク族のあいだの一種の協約として形成され、紛争仲介と平和形成の方策をつくりだすことがその目的であった。イロコイの連邦制度が合衆国憲法に何らかの影響を与えたという考えは、十九世紀に何度か提起されたが、当時はそれに特段の脅威を感じたり注目したりするものはいなかった。歴史家たちが、その初期における入植者社会と先住民社会の全面的な相互浸透のあり方を実証的に明らかにしはじめたのは最近のことである」(デヴィッド・グレーバー)

 以上、※「デモクラシー・プロジェクト」より抜粋して再構成

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▼[参考文献]ジャック・ウェザーフォード「アメリカ先住民の貢献」(1988年)

 「今日、われわれが認識しているような平等主義的な民主主義と自由は、もともとヨーロッパとはあまり関係がない。それらは、フランス人が十八世紀に蘇らせてみせたギリシア・ローマ文明の派生物ではないのである。それは、アメリカ大陸先住民に由来する概念として、ヨーロッパの言語と文化に翻訳されて、近代の西洋思想に入ってきたものである。平等主義的な原理と、連邦政府に基づいた民主主義という近代の概念は、一六〇七年から一七七六年のあいだに、北米の大西洋岸において、ヨーロッパと先住民双方の政治的な理念と制度がユニークなかたちで混交したた結果、生じたものである。今日知られている近代の民主主義は、イギリスからの入植者や、フランスの政治理論などがもたらした遺産であると同時に、アメリカ大陸先住民(なかでもイロクォイ人とアルゴンキン人の遺産でもある。」(ジャック・ウェザーフォード・文化人類学者)

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▼[参考動画] 筑紫哲也・星川淳「イロコイ連邦」2006年 22分)
http://www.veoh.com/watch/v69399055A32QZqDx

 「アメリカ合衆国という国ができて今年でちょうど230年になります。自分たちは「民主主義の先進国だ」といい続けて、実際、日本もその生徒だったこともあります。しかしその一方でアメリカという国は、平和のために戦争をする、という矛盾した側面も持っているわけですけど、そもそも、このアメリカの国の民主主義というのは、どこから出てきたのか、という疑問もわいてきます。アメリカの自由と民主主義が、実は、ニューヨーク州の北部に暮らすイロコイ族という先住民の教えに由来しているんだという話をご存知でしょうか。」(筑紫哲也「NEWS23」2006年)

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▼「参考資料」 ジャック・ウェザーフォード「合衆国憲法を制定した先住民の父」

 「ヨーロッパからアメリカ大陸に入植した人びとは、民主主義についてほとんど何も知らなかった。自分が統治する権利は神から授けられたと、さらには、アイルランド人を絶滅させる戦争を行うことは神がゆるしているとさえ公言する君主に統治されていた国から、イギリス人たちはやってきていたのである。フランスはまだ、参加民主主義の実験をはじめていなかった。アメリカの憲法制定者たちは、さまざまな制度の残りかすを寄せ集めて、まったく新しい制度を考えだした。

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▼「人間と市民の権利の宣言(通称・フランス人権宣言)」(1789年)

 その新しい制度をつくるにあたって、彼らはアメリカ大陸の先住民から独自の要素をいくつか借用した。伝えられるところによれば、すべての植民地の連合を最初に提唱し、そのための連邦モデルを提出したのは、イロクォイの首長、カナッサテゴで、彼は一七四四年七月にペンシルヴァニアで開催された、先住民とイギリス人との会合の席で発言している。カナッサテゴは、植民地の統一を提唱しただけでなく、どのように統一すればよいかも教えた。自分たちと同じようにして、イロクォイ同盟のような連合を形成するように提案した。植民者が新しい政府をつくる際に利用できる可能性をひめた大事なモデルとして、イロクォイの制度を取り上げたのは、ベンジャミン・フランクリンが最初だったようだ。彼は先住民の政治文化の細かい点、特にイロクォイ同盟について精通していた。結果、フランクリンは、先住民社会の政治構造を生涯擁護するようになり、一方で、アメリカ人がそれを利用するよう提唱した。

 イロクォイ同盟は、モホーク人、オノンダガ人、セネカ人、オネイダ人、カユーガ人という五つの主要な先住民族をむすびつけるものであった。各民族は、その民族に属する部族が選出するサチュムと呼ばれる代表者によって構成される評議会をもっていた。五つの分離した部族が持つ個々の評議会に加えて、サチュムが全員集まって、同盟の大評議会を構成し、五つの民族から五〇人のサチュムが一堂に会して、共通の関心事について討議した。


▼[参考動画] 「イロクォイ連合」(公共広告 1995年)

 このような統治形式を通じて、イロクォイの民族は、数世紀にわたって持ちこたえた同盟をつくりあげた。ヨーロッパの政府とは異なり、イロクォイ同盟は、いくつもの民族の主権をひとつの政府に融合させていた。アメリカ人は、イロクォイ同盟のモデルを大枠で模倣しただけでなく、イロクォイの「平和の大法典」のなかにある特定の条項の多くを受け継いでいる。イロクォイ人をまねたもうひとつの模倣は、政治集会において一度だけ一名にだけ発言をゆるすという単純な慣習であった。この方式は、イギリスの伝統とは対照的である。イロクォイ人は、発言をさえぎることを大声で叫ぶことをゆるさなかった。演説の後にはかならず短い沈黙の時間を強制的に設けてさえりう。それは発言者がなにか大事なことを忘れていたり、さらに詳しく述べたい、あるいは、言ったことを改めたいと望んだ場合に備えてだった。

 ベンジャミン・フランクリン、トーマス・ペイン、チャールズ・トムソンなど、アメリカの連邦制を創設した人たちの多くは、先住民の政治制度と深くかかわって仕事をしていた。それはしばしば、手際のよさを必要とする作業であった。というのは、古代ギリシア人は、民主制というものを実行するよりも破ることのほうで遵守していたからである。ギリシア人は、華麗な言葉を用いて民主制について熱狂的に語っているが、めったに民主主義的な制度を創造することはなかった。アテネなどの少数の都市だけがときおり、おぼろげながら民主制に類似したシステムを数年のあいだ試したことはあった。しかし、そもそもこれらの都市は、奴隷制の社会として機能し、アメリカ大陸の先住民が用いる意味での平等主義的でもないし民主主義的でもなかったことは確かである。

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▼ギリシャ・アテネのアゴラ

 元来はイロクォイ国家に、そして後には、アメリカ合衆国の形成に利用された連邦制の原理は、最終的に拡張されてて、一九一八年の国際連盟設立に寄与した。この新し連盟の立案者は、その国の大小によらず、どの連盟員にも平等の発言権を与えるイロクォイ式連盟制を採択した。それから一世代経て、それは国連総会の創設の基盤ともなっている。皮肉なめぐりあわせであるが、国連の創設者は、国連本部をかつてイロクォイ同盟に所属した領地のなかにあるニューヨークに置いた。ある意味で、国連はイロクォイ同盟の国際版となっているのだ。

 ※以上、「アメリカ先住民の貢献」より抜粋して再構成

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[まとめ]

【プロジェクトとしてのデモクラシーとその精神】
(文化人類的な視点と、1947年の文部省見解)

 「それ(民主主義)は、いかなる特定の知的伝統から生じたものでもなければ、特定の統治様式ですらない。本質的に民主主義とは、人間とは根本的に平等であり、集団的な問題は、最も効果的と思われる手段を状況に応じて使い分けつつ平等なやり方で対処すべきだという信念にほかならない。この意味において、民主主義は歴史あるいは人間の知性そのものの歩みと軌を一にして存在してきた。誰も民主主義を所有することなどできない。重要なのは、民主主義的な集まりはいつでもどこでも成立しうるということだ。人びとが一堂に会し、すべての参加者が平等に発言権を保証されるという原則に基づいて集団的決定が行われるところなら、バリ島のスタからボリビアのアイリュまで、用いられる形式的な手段は無限に多様であり、つねに新しいものが生まれてくるのである。」(デヴィッド・グレーバー「デモクラシー・プロジェクト」2015年)

 「民主主義の根本精神とはなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。人間が人間として自分自身を尊重し、互いに他人を尊重しあうということは、政治上の問題や投票よりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである。繰り返して言うと、民主主義は、単なる政治上の制度ではなくて、あらゆる人間生活の中にしみこんでいかなければならないところの、ひとつの精神なのである。それは人間を尊重する精神であり、自己と同様に他人の自由を重んじる気持ちであり、好意と友愛と責任感とをもって万事を貫く態度である。この精神が人の心に広くしみわたっているところ、そこに民主主義がある。社会も民主化され、教育も民主化され、経済も民主化される。ほんとうの民主主義は、議会の建物の中でつくられるものではない。もしもそれがつくられるものであるとするならば、民主主義は人々の心の中で作られる。それを求め、それを愛し、それを生活のなかに実現してゆこうとする人々の胸の中こそ、民主主義のほんとうのすみかである。」(文部省著作教科書「民主主義」1947年)

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by illcommonz | 2015-10-10 16:29
▼「この映画を観て思ったのは、デモの仕方がほとんど変わっていないということです」
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▼映画「首相官邸の前で」(2015年)
[企画・製作・監督・英語字幕] 小熊英二
[撮影・編集] 石崎俊一
[音楽] ジンタらムータ
[出演] 菅直人/亀屋幸子/ヤシンタ・ヒン/吉田理佐/服部至道/
ミサオ・レッドウルフ/木下茅/小田マサノリ(イルコモンズ)ほか

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 「この映画を観て改めて思ったのは、当時のデモと、僕らが今やってるデモの仕方が、ほとんど変わっていないということです。世代が違うから音楽性やデザイン性の差はあるかもしれないけど、ドラムを叩いて音楽を流す抗議のスタイルは完全に一緒で、自分たちが見てきたものが無意識に出ているんだと思います。だから、当時メディアが注目しなかったデモが、今こんなに取り沙汰されてるのは、むしろ社会の方が変わったんだと思います」(奥田愛基 SEALDs)

 「それ以前に「素人の乱」がやっていたサウンドデモとか、宮下公園のデモ(2008~2010年のナイキパーク化反対デモ)を見ていたので、その時の東電前抗議のやり方は旧来的に感じられて、なじめませんでした。それにその時は、家に帰って母に「今日、初めてデモに参加した」と伝えたら、「家がこんなに大変な時に、家族じゃなくて社会や他人に目を向けるのか」と文句を言われて、しゅんとなってしまいました。でも、その後もこっそり、高円寺(2011年4月10日)や新宿(2011年6月11日)の「原発やめろデモ」にも行きました。それらのデモはこの映画にも描かれているとおりで、「あぁ、これが私の知ってるデモだ」としっくりきました。」(梅田美奈 SEALDs)


▼ユリア・レーザ+クラリッサ・ザイデル監督「レディオ・アクティヴィストたち」予告編(2011年)


▼藤井光「ドラムサークラーの森 宮下公園」(2010年)

(『首相官邸の前で』公開記念 小熊英二×SEALDsトーク「2011~2012年のデモを見てきたからこそ、今、こうしてデモをやっている」より)
by illcommonz | 2015-10-10 02:21
▼東京経済大学「身体表現ワークショップ 音と遊ぶ」「民主主義ってどんな音」(e-ラーニング対応)
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▼「ショウミーワットデモクラシーサウンズライク 民主主義ってどんな音」
 現在の日本の社会・政治状況を考慮し、今回のワークショップでは「音楽のなかの民主主義」を臨時のテーマとして追加し、「楽器」という「メディア」を通して「デモクラシー=民主主義」の音を表現・体現する体験学習をおこないます。


▼SELDs「"This is what's DEMOCRACY looks like!"」(2015年)

[テキスト]

【民主主義の精神】
 「民主主義が何かということを定義するのは、非常にむつかしい。しかしその点をはっきりとつかんでおかないと、大きな食い違いが起こる。民主主義をただしく学び、確実に実行すれば、繁栄と平和とがもたらされる。反対の場合には、人類の将来に戦争と破滅とが待っている。人類の住むところは、地球上のこの世界以外にはない。これを生きとし生けるすべての人間にとっての住みよい、平和な、幸福な、ひとつの世界に築きあげてゆくことができるか、あるいは逆に、これを憎しみと争いと死の恐怖とに満ちた、この世ながらの地獄にしてしまうかの分かれ道は、民主主義をほんとうに自分のものとするかどうかにある。ゆえに、おおげさな言い方でもなんでもなく、民主主義は文字通り、生か死かの問題である。平和と幸福とを求める者は、なにをおいてもまず、民主主義の本質をただしく理解することに努めなければならない。多くの人々は、民主主義とは単なる政治上の制度だと考えている。しかし、政治の面からだけ見ていたのでは、民主主義をほんとうに理解することはできない。政治上の制度としての民主主義ももとよりたいせつであるが、それよりももっとたいせつなのは、民主主義の精神をつかむことである。」

【平等】
 「それでは、民主主義の根本精神とはなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。人間が人間として自分自身を尊重し、互いに他人を尊重しあうということは、政治上の問題や投票よりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである。民主主義の精神が自分自身を人間として尊重するからといって、それをわがままかってな利己主義ととりちがえるものがあるならば、それはとんでもないまちがいである。みずからの権利を主張する者は、他人の権利を重んじなければならない。自己の自由を主張する者は、他人の自由に深い敬意を払わなければならない。そこから出てくるものは、お互いの理解と好意と信頼であり、すべての人間の平等性の承認である。キリストは、「すべての人にしてもらいたいと思うことは、人にもまたそのようにしなさい」と教えた。孔子も「おのれの欲しないことは、人にすることなかれ」と言った。もしもこの好意と友愛の精神が社会にゆきわたっているならば、その社会は民主的である。どこでも、いつでも、この精神が人間の関係を貫いている場合には、そこに民主主義がある。民主主義は、家庭の中にもあるし、学校にもあるし、工場にもある。社会生活にもあるし、経済生活にもあるし、政治生活にもある。

【自由】
 「これに反して、民主主義は、国民が栄えるにつれて国家も栄えるという考え方の上に立つ。民主主義は、決して個人を無視したり、軽んじたりしない。それは個人の価値と尊厳とに対する深い尊敬をその基本としている。民主主義は、国民を個人として尊重する。したがって民主主義は社会の秩序および公共の福祉と両立する限り個人にできるだけ多くの自由を認める。自由と並んで民主主義が最もたいせつにするのは、人間の平等である。民主主義は、すべての国民を個人として尊重する。すべての個人が尊厳なものとして取り扱われる以上、そのあいだに差別を設けるということは、あくまでも排斥されなければならない。民主主義が発達するまでは、人間の世の中には生まれながらの上下の差別があった。そんな不公平なことがあろうか。どんな生まれであろうと、人間の生命の重んぜられるべきことに変わりはなく、人格の尊うべきことにへだてはない。」

【民主主義のほんとうのすみか】
 「繰り返して言うと、民主主義は、単なる政治上の制度ではなくて、あらゆる人間生活の中にしみこんでいかなければならないところの、ひとつの精神なのである。それは人間を尊重する精神であり、自己と同様に他人の自由を重んじる気持ちであり、好意と友愛と責任感とをもって万事を貫く態度である。この精神が人の心に広くしみわたっているところ、そこに民主主義がある。社会も民主化され、教育も民主化され、経済も民主化される。逆に、この精神が欠けているならば、いかににぎやかに選挙がおこなわれ、政党がビラをまき、議会政治のかたちが整っていても、それだけで民主主義が十分に実現されたということにはならない。だからほんとうの民主主義は、議会の建物の中でつくられるものではない。もしもそれがつくられるものであるとするならば、民主主義は人々の心の中で作られる。それを求め、それを愛し、それを生活のなかに実現してゆこうとする人々の胸の中こそ、民主主義のほんとうのすみかである。」(文部省著作教科書「民主主義」(1948-9年)より)

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【音楽(史)のなかの民主主義】
 「民主主義は、家庭の中にもあるし、学校にもあるし、工場にもある。社会生活にもあるし、経済生活にもあるし、政治生活にもある」のなら当然、音や楽曲、楽器や演奏のなかにも民主主義はあるはずです。バロック時代から現代までの、音楽の民主化の歴史をみてみましょう。

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[参考図版] ツエルニーとバイエルによる「規律訓練的権力」と「楽器の専制」

【音の平等、演奏の自由、非楽器の尊重、主権在民】

[調性の支配]
▼J・S・バッハ「管弦楽組曲第3番第2楽章 G線上のアリア(ハ長調)」(1871年)
https://www.youtube.com/watch?v=E2j-frfK-yg
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[音の平等]
▼シェーンベルク「5つのピアノ曲」(1921年)
https://www.youtube.com/watch?v=7A9HSlgDlQE
 12音技法では、オクターブの12個の音を平等に扱い、12の音をかならず1回ずつ使った「音列」をつくる。音の全てが完全に平等に使用できるわけではないが、音列に工夫を凝らすことが作曲家の仕事となる。ある音列の例を提示する。
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この音列で作曲する場合、この音列の順で12の音がすべて登場しなければならず、12の音がこの順番ですべて現れるまではどの音も反復してはならない。(ウィキペディア)

[音程の多様性]

▼ハリー・パーチ「微分音楽器」(1950年)
 「12平均律の不具合に気がついていた彼は、さまざまに改造した楽器とそのアンサンブルを組織する。1930年代には43の微分音階を基準にした音律理論を完成させ、キタラ、ダイアモンド・マリンバ、ハーモニック・カノンなど西洋音楽にはない音色とリズムに基づく独創的な音楽を次々と発表」(ウィキペディア)

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▼ハリー・パーチ作「クロモロディオン(ピアノ)」

[主権在民]

▼チャーリー・ヘイデン&解放音楽楽団「勝利の日まで」(1969年)
 「彼のオリジナル曲やリーダー作では、叙情的な楽曲と同様に政治的なテーマを扱うことが多いが、それらは彼の人間に対する深い愛に根ざしている。」(ウィキペディアより抜粋)

[主権在民]
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▼コーネリアス・カーデューとスクラッチ・オーケストラ

 「カーデューは、集団としての自発的な反応が起きることを試み、そこに社会の理想的なモデルを描いた。スクラッチ・オーケストラは、このカーデューの試みを行うには格好の集団であった。モーリー大学でのカデューの講義を母体として生まれたこの集団は、音楽家だけでなく非音楽家も含み、その運営も超民主的なスタイルで行われ、あらゆる種類のあらゆる実験音楽があらゆる場所で演奏された。」(藤島寛)

 「私は前衛的な作曲をやめることにした。その理由は、前衛音楽の排他性と個人性、現在の社会状況への無関心(...)である。心ある芸術家は、その作品のなかに、政治的な力を獲得しようとしている被支配階級と、その人たちの力強いたたかいを反映しなければならない。そして常に心にとめておかなければならないのは、その作品がいわゆる大衆と呼ばれる人たちにとって親しみやすいものでなければならないということである」(コーネリアス・カーデュー)


▼コーネリアス・カーデュー「テールマン変奏曲」(1975年)
 「エルンスト・テールマンは、ドイツ共産党の党首で、ナチスおよびヒトラーと激しく対立し、選挙や街頭で独裁政治と争った。ナチス政権の誕生後、ゲシュタポに逮捕され、後にブーヘンヴァルト強制収容所へ送られて同地で殺害された」

[主権在民]

▼ポーツマス・シンフォニア「ロイヤルアルバートホール公演」(1974年)
 「ポーツマス・シンフォニアは、ポーツマスにある芸術学校の学生たちが1970年に創設したオーケストラである。通常のオーケストラとは異なり、入団条件は、①音楽家ではない素人であること、②音楽家である場合は、それまでまったく演奏経験のない楽器を担当することであった。団員たちがそれぞれの楽器や旋律を正確に演奏できないとしても、彼らは全体のどこで大きな音を出し、どこを抑えるかを察することができた。その結果、そのアンサンブルのなかでは、ただしい音とそこからずれた音が同時に鳴り響くことになり、そこから「音の雲 (クラウド・オブ・サウンド)」が生まれた。現代の音楽家たちは、これを興味深く受け止め、そこに深い意義を見出している。」(ウィキペディアから抜粋して一部改変)

[即興と自由]

▼デレク・ベイリー「インプロヴィゼーション」(1985年)
 「インプロヴィゼーションは一般に、音楽の手品のトリック、いかがわしい便宜的な手段、さらには、低級な悪癖とさえみられている。西洋音楽は、インプロヴィセージョンに対して最も冷淡な領域である。」(デレク・ベイリー)

[即興の生]

▼岡本太郎「エクシード」(1987年)
 「瞬間、瞬間に、猛烈に、強烈に、生きる、ってことが、ほんとうの人間の生き方だと僕は思うんだ、人生相談なんて意味がない、時間の無駄だよ」(岡本太郎)

[参加型民主主義と多数決なき合意形成]

▼イルコモンズ「指揮者のいないオーケストラ」(2007年)
 「ドラムサークルにルールはない。リーダーも、インストラクターも、コーチもいない。誰でも自由に自発的に参加できる。ただひとつのルールは、他人の音をよくきくこと。そうすれば、自然にアンサンブルがうまれる。いま・ここにあるアンサンブルのなかで、自分が直接参加することで、何かをつけくわえ、合意形成されたアンサンブルの一部となる。これは指揮者のいないオーケストラである。」(イルコモンズ)

[リズムの多様性]
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▼T.D.C.「ドラムサークルのおきて」(2010年)


▼大友良英「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」(2011年)


▼不詳「バングラデシュのちいさなドラマー」(2014年)
by illcommonz | 2015-10-09 22:59
▼大妻女子大学文学部国文科「文学・語学特別演習Ⅰ/Ⅱ」(e-ラーニング対応)
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▼大妻女子大学文学部国文科「文学・語学特別演習Ⅰ/Ⅱ」
 (別名:マルチメディア国文学リーディング・ワークショップ)
[日時] 通年・毎週木曜5限16:20-17:50
[場所] 大妻女子大学・千代田キャンパスA棟450演習室
[講師] 小田マサノリ(イルコモンズ)

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【Ⅰ】「この演習では、さまざまな「リーディング(音読、朗読、よみきかせなど)」のワークショップを行います。リーディングのひとつである「朗読」は、「文字言語で表現された文学作品を音声言語で再表現する芸術」ですが、この演習では「文学作品」以外の日本語で書かれたテキスト(新聞記事、J-POPの歌詞、ツイート文など)も声にだしてよんでみます。声にだしてよむことで、テキストの意味や表情、ニュアンスがどのように変化するかをリーディングの実技を通して学びます。さらに、リーディングにより芸術性を与えるため、リーディングにふさわしい音楽や音で相乗効果をだす「マルチメディア・リーディング」の実技をおこないます。この実験を通して、「文字」と「うた」のあいだに位置する「リーディング」がつむぎだす「声に出されたことば」の世界を共に体験し共有することが、この演習のねらいです。」

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(Ⅱ)「この演習では、「語学・文学特別演習1」で学んだことをもとに「マルチメディア・リーディング」のワークショップを行います。リーディングは「文字言語で表現された文学作品を音声言語で再表現する芸術」ですが、すでにそれは「文字」と「声」という2つのメディアを組み合わせた「マルチメディア・アート」でもあります。この授業では、それにさらに「芸術性」を与えるために、リーディングに、それにふさわしい音楽や効果音、写真、図画、イラストレーション、アニメーション、ライヴ演奏、ダンス、パントマイムなどを組み合わせる「マルチメディア・リーディング」の実技をおこないます。この実験を通して、「文字」と「うた」のあいだに位置する「リーディング」がつむぎだす「声に出されたことば」の世界を、さまざまなメディアによって拡張し、共有することが、この演習のねらいです。」

【マルチメディア国文学リーディング 教材動画+テキスト】(一部)


▼吉野弘+ワールズエンド・ガールフレンド「生命は/水の駅」

 生命は
 自分自身だけでは完結できないように
 つくられているらしい
 花も めしべとおしべが揃っているだけでは不充分で
 虫や風が訪れて 
 めしべとおしべを仲立ちする
 生命は
 その中に欠如を抱き
 それを他者から満たしてもらうのだ
 世界は多分
 他者の総和
 しかし
 互いに欠如を満たすなどとは
 知りもせず
 知らされもせず
 ばらまかれている者同士
 無関心でいられる間柄
 ときに うとましく思うことさえも許されている間柄
 そのように
 世界がゆるやかに構成されているのは
 なぜ?
 花が咲いている
 すぐ近くまで
 虻の姿をした他者が
 光をまとって飛んできている
 私も あるとき
 誰かのための虻だったろう
 あなたも あるとき
 私のための風だったかもしれない


▼宮沢賢治+細野晴臣「春と修羅・序/銀河鉄道の夜」

 わたくしといふ現象は
 假定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 あらゆる透明な幽霊の複合体
 風景やみんなといっしょに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 ひかりはたもち、その電燈は失はれ
 これらは二十二箇月の
 過去とかんずる方角から
 紙と鑛質インクをつらね
 すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの
 ここまでたもちつゞけられた
 かげとひかりのひとくさりづつ
 そのとほりの心象スケッチです


▼中原中也+ワールズエンド・ガールフレンド「頑是ない歌」

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 思えば遠く来たもんだ
 十二の冬のあの夕べ
 港の空に鳴り響いた
 汽笛の湯気は今いずこ

 雲の間に月はいて
 それな汽笛を耳にすると
 竦然として身をすくめ
 月はその時(とき)空にいた

 それから何年経ったことか
 汽笛の湯気を茫然と
 眼で追いかなしくなっていた
 あの頃の俺はいまいずこ

 今では女房子供持ち
 思えば遠く来たもんだ
 此の先まだまだ何時までか
 生きてゆくのであろうけど

 生きてゆくのであろうけど
 遠く経て来た日や夜の
 あんまりこんなにこいしゅては
 なんだか自信が持てないよ

 さりとて生きてゆく限り
 結局我ン張る僕の性質
 と思えばなんだか我ながら
 いたわしいよなものですよ

 考えてみればそれはまあ
 結局我ン張るのだとして
 昔恋しい時もあり そして
 どうにかやってはゆくのでしょう

 考えてみれば簡単だ
 畢竟意志の問題だ
 なんとかやるより仕方もない
 やりさえすればよいのだと

 思うけれどもそれもそれ
 十二の冬のあの夕べ
 港の空に鳴り響いた
 汽笛の湯気は今いずこ


▼AC公共広告機構「命を大切に」


▼谷川俊太郎「朝のリレー」


▼寺山修司「書を捨てよ町へ出よう」


▼エリック・リトウィン「ねこのピート」


▼ASA-CHANG「悪の花 a last flower」


▼イルコモンズ「前衛詩としての日本国憲法第9条 ザ・ムービー」


▼ロラン・バルト+ビル・ラズウェル「表徴の帝国」


▼スティーヴ・ジョブス「クレイシーな人達がいる」


▼叫ぶ詩人の会「Love&Peace」


▼七尾旅人「911ファンタジア」


▼水曜日のカンパネラ「モノポリー」

[配布プリントと演習課題](一部)
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by illcommonz | 2015-10-09 11:42
▼大妻女子大学「映像・演劇の世界」「映画の父、映像の魔術師、メリエスの世界」(e-ラーニング対応)
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▼「メリエスの素晴らしき映画魔術 予告編」(2011年)
 「リュミエール兄弟が創造した映画に触れたマジシャンのジョルジュ・メリエスが、手探り­で独自の映画作りに挑む姿を描くドキュメンタリー。彼特有の想像力を駆使して編み出し­た特撮やSF映画誕生の感動の瞬間を、余すところなく描き切る。メリエスに魅了された­アカデミー賞俳優のトム・ハンクスや、『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督らが­取材に応じる。初期の映画のパイオニアとして、試行錯誤を繰り返した男の夢と冒険に熱­中する」

[関連映像]

▼ジョルジュ・メリエス「月世界旅行(1902年彩色版/1993年修復/2010年復元)」
(※メリエス生誕150年目の年にあたる2011年のカンヌ映画祭で上映された作品)


▼スマッシング・パンプキンズ「トゥナイト、トゥナイト」(1995年)
(※メリエスの「月世界旅行」をリミックスしたPV)


▼マーティン・­スコセッシ監督「ヒューゴの不思議な発明 予告編」(2011年)
(※映画の世界を去ったメリエスの晩年の人生をもとに創作されたファンタジー)
by illcommonz | 2015-10-08 23:23
▼中央大学・文化人類学B「同時代の歴史を学ぶアクティヴ・ラーニングと学習の心得」(※e-ラーニング対応)
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「学習内容」 グローバリゼーションの時代の、世界の民主化運動と、その文化
[学習範囲] 1989年~2015年

[参考資料] リキッドモダン社会 
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[学習の心得] あわてず、おちついて、(同時代の歴史を)、学ぶ。
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by illcommonz | 2015-10-07 21:20
▼[落選運動のための念書] 「憲法ヲ守ラズ、公約ヲ守ラズ、米政府トノ約束守ル、ザ・自民党」
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「TPP 日本粘らず米に譲歩 他国ギリギリまで交渉」
 「一日まで二日間の予定で始まった環太平洋連携協定(TPP)交渉の閣僚会合は、自国のルールを押しつけようとする米国と各国がギリギリの交渉を続け、異例の延期を繰り返した。その一方で、一足先に交渉を済ませて「大筋合意」の見通しを示した日本。粘る各国を尻目に、早々と米国の主張に従ったのではないかという見方が浮上している。」(2015年10月6日 東京新聞)

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【念書】(ねんしょ)
「念書とは後日のための証拠として念のために書き写しておくという文書のことである。

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[参考]
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by illcommonz | 2015-10-07 20:58
▼東京経済大学「身体表現ワークショップ 音で遊ぶ・番外篇"楽器の破壊者たち"」
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▼東京経済大学「身体表現ワークショップ 音で遊ぶ・番外篇"楽器の破壊者たち"」

 「音と遊ぶ」は、手作り「楽器」を制作し、その「演奏」を披露する。楽器はからだを拡張するメディアである。「音と遊ぶ」は、単に、流暢な楽器演奏が目的ではなく、むしろ、さまざまな手作り楽器と戯れることで、異なるモードのからだを創り出し、体験してみようとする試みだ」(大榎淳)

 「音と遊ぶために、楽器をつくる人もいれば、楽器をこわす人もいます。楽器をこわす人たちの、音との遊びかたと、楽器を破壊するときのからだの動きをみてみましょう。ひとが楽器を破壊するとき、その楽器は、その人の何を「拡張」しているのでしょう」(イルコモンズ)


▼チャーリー・チャップリン&バスター・キートン「ライムライト」(1952年)


▼スパイク・ジョーンズ楽団「黒く青きドナウ」(1952年)


▼ローレンス・ウェルク「ハウンド・ドッグ」(1956年)


▼ザ・フー「ライヴ」(1965年)


▼ジミ・ヘンドリックス「炎 モントレー・ポップ・フェス」(1967年)


▼キース・ムーン「マイ・ジェネレーション」(1967年)

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▼ラファエル・オルティス「ピアノ破壊コンサート」(1967年)


▼モンティパイソン「美しく青きドナウ」(1970年)


▼シド・ビシャス「セックス・ピストルズ NYライヴ」(1978年)


▼アート・オブ・ノイズ「クロース・トゥ・ジ・エッジ」(1984年)


▼カート・コバーン「ニルヴァーナ ダラス・ライヴ」(1991年)

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▼グリーンデイ「グッド・リダンス」 (2000年)
https://www.youtube.com/watch?v=PcZRHON860I


▼ソニック・ユース「ピアノ曲 第13番 ナム・ジュン・パイクのために」(2006年)


▼ナイン・インチ・ネイルズ「スマッシング」(2007年)


▼山下洋輔「バーニング・ピアノ・プロジェクト」(2008年)
by illcommonz | 2015-10-05 22:15
▼「あなたには楽しんだり、のんびりする権利があります」
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▼[画像]「ぼくとくまさん」(2015年10月4日にちようび 東京)

[モデル] 大熊ワタル(お師匠)
[撮影] こぐれみわぞう(おかみさん)
[編集] イルコモンズ(弟子)

 「感情的負荷の高い状況に長期にわたって関与しても、そうした状況が生み出す感情を吐きだす方法を持っていれば、対処がしやすくなります。サポート・ネットワーク、共同カウンセリング、スポーツ、セックス、自然の中にいること、基本的に仕事を忘れさせてくれること全般、こうしたことを通じて定期的に感情を吐き出すことが、あなたやまわりの人たちの最も良い面を引き出すのを助けるでしょう。人としての自分を認めましょう。 あなたには楽しんだり、のんびりする権利があります。自分の弱さを受けとめて外に示しましょう。わたしたちは機械ではありません。わたしたちがあわせ持つ傷つきやすい側面を認めない場合、そうした部分は、さらに大きな問題となって回帰するものです。」

「息の長い民主化運動のために/バーンアウトを回避するためのヒント集」より
http://illcomm.exblog.jp/22202327/
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[参考]
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by illcommonz | 2015-10-05 12:50
▼中央大学・文化人類学B「やべー勢いで、すげー盛り上がる、民主主義の、朝5時のモーニング・コール」
【やべー勢いで、すげー盛り上がる】


▼SEALDs「戦争法案に反対する国会前抗議集会 朝5時のコール」(2015年)


▼田我流「やべー勢いですげー盛り上がる」(2012年)

...........................
【言うこと聞かせる番だ、俺たちが、私たちが】


▼SASPL「ゆうこと聞かせる番だ!俺たちの!!特定秘密保護法反対デモ」(2013年)


▼ECD「経産省別館原子力保安院前抗議行動」(2012年)

 いうこというこというこということ
 いうこと聞かせる番だ俺たちが
 黙ったまんまじゃ殺される国が
 人の住めない土地に変えたんだ
 無能なてめーら好きにさせていた
 昨日のてめーじゃ単なるヘイター
 人が死ぬのをわかっててやめない
 反対すると非国民あつかい
 なんかに似てるとにかく狂ってる
 67年前のボロ負けで
 終わったはずのあの戦争を
 続けたかったやつらの夢
 それが原発だ間違いねー
 だからもうとっくの時代おくれ
 死に損ないじじいのノスタルジー
 勃たなくなったチンポのかわりの
 シンボルそれがいきりたつ原子炉
 そんなもんにつきあってられるか
 署名投票デモンストレーション
 いうこと聞かせる番だ俺たちが


▼ECD「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ@高円寺駅前」(2007年)


▼ECD「言うこと聞くよな奴らじゃないぞ」(2003年)

 オタマジャクシで街をうめつくし、
 オダマサノリで道をハメはずし、
 通りは踊り場 用事は放りだし、
 ポリは怒り出す 総理に言いつけろ
 ありえない景色 かつてないクライシス
 渋谷どーなる 知るかグローバル
 ひびけ一斗缶 たたく三時間
 反戦 反弾圧 反石原
 言うこと聞くよな奴らじゃないぞ
 言うこと聞くよな奴らじゃないぞ

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[関連]
【ディスイズワットデモクラシールックスライク】
▼中央大学「文化人類学B "ディスイズワットデモクラシールックスライク"って何だ?」http://illcomm.exblog.jp/22248743/

【ノーパッサラン】

▼東京大行進「NO PASARAN! 」(2014年)


▼Klay BBJ「No Pasaran」(2013年)
by illcommonz | 2015-10-04 00:25